いつか桜の木の下で
忘れられない光景がある。
卒業式の日、舞い散る桜の花びらに埋もれ、桜の木の下で眠っていた幼馴染――鈴蘭の姿だ。
忘れられない光景がある。
卒業式の日、舞い散る桜の花びらに埋もれ、桜の木の下で眠っていた幼馴染――鈴蘭の姿だ。
その日はちょうど中学の卒業式。俺は早くに目が覚めて、じっとしていられず中学校に向かった。高校は地元を離れて寮に入ることが決まっている。俺にとっては地元で幼馴染みと過ごす、最後の春だった。
中学には立派な桜の木が生えている。花見といえばその桜の木で、春になると近所の人たちが集まり、宴会が行われた。俺も小さな頃から幼馴染み二人と、桜の木の下ではしゃぎ回った思い出の地。
そんな桜の木も、来年は見られるか分からない。そんな寂しさを感じていると、桜の木の下に、誰かが横たわっているのが見えた。
中学の黒いセーラー服。三人しか子供がいない小さな村で、制服を身につけているのは、幼馴染みの鈴蘭かアザミのどちらかだ。
病弱な鈴蘭は地元に残り通信教育、アザミも俺とは別の高校に進学が決まっている。俺と同じように寂しさを感じているのかもしれない。そう思ったら、たまらない気持ちになって俺は駆け寄った。
いつからそこにいたのか、桜の木の下に横たわる鈴蘭は桜の花びらに埋もれていた。手を組んで目を閉じる姿は、ゾッとするほど美しく。俺は声をかけるのを忘れて、しばしその姿に見惚れた。
冷たい風が吹き抜けて、桜の花びらが舞い散る。それで俺はやっと動き出した。病弱な鈴蘭がずっと外で寝ていては風邪をひく。
俺は慌てて横たわる鈴蘭に近寄って声をかけるが、鈴蘭は動かない。よほど深く眠っているのかと思ったが、なんだか妙だ。その時になって鈴蘭の傍らに、いつも飲んでいた薬のケースが落ちていることに俺は気がついた。
なにかがおかしいという嫌な予感に、俺は鈴蘭の手をとり、息を飲む。
その手はゾッとするほど冷たかった。
◇◇◇
久しぶりに帰ってきた故郷に対する感想は、寂れたなだった。
元々小さな村だったけれど、自分たちが村を出てからさらに寂しくなった気がする。
スーツケースを引っ張りながら道を歩いていると、小さい頃に遊んでくれた近所の人に声をかけられた。子供の頃は大きく見えたその背が小さくなり、格好良く思えた顔には深いシワが刻まれている。
時間の流れを感じて寂しくなりながら、俺はスーツケースを引っ張って家へと向かう。現在住んでいる綺麗に整備された都会と違い、道路は凹凸が多く、すぐにスーツケースの車輪が引っかかって面倒だ。
それもまた、いろんなものに置いていかれた場所という感覚を強めた。
「空気が美味しいねえ!」
センチメンタルな気持ちになっている俺とは違い、隣を歩くアザミは楽しそうだ。両手を広げて、空気をいっぱい吸い込む。輝く表情を見ていると、純粋に帰省を楽しんでいるようにしか見えない。
普段は下ろしている髪を動きやすいようにとポニーテールにし、化粧やアクセサリーも最低限。もういい大人なのに、童心に帰る気満々らしく、靴も動きやすいスニーカーだ。
「結婚の挨拶かねてるって自覚ある?」
呆れて問えば、アザミは唇を尖らせた。小さい頃はよく見たが、再会してからすっかり見なくなった顔。アザミも久しぶりの帰郷に思うところがあり、童心に帰っているのかもしれない。
小さな頃、野山を駆け回った時のアザミの姿がフラッシュバックする。今よりも大きく口を開けて笑っていたアザミの隣には――。
「挨拶も何も、小さい頃から知ってるし、年末年始とか会ってたし。何を今さら」
アザミはそういって肩をすくめてみせた。たしかに、社会人になってから忙しくてなかなか帰省できなかったが、学生時代は年に一度くらいは帰省していた。
家族ぐるみで付き合っていたアザミの両親が、うちの親と一緒に遊びに来たこともある。
「それでも節目っていうか、形式っていうか……」
「そんなの気にしてるの葵だけだよ。うちの親とか、昔から葵も息子認定してたし」
そういわれると自分が気にしすぎに思えてくる。お互いの家など第二の実家と言えるほど知っている。
「今回の帰省は両親の挨拶っていうよりも、学校がメインでしょ。桜の木も切り倒されちゃうかもしれないし……」
急にアザミの声が小さくなった。表情も神妙なものへと変わっている。
その姿を見て、やけに明るくみえたのはそう振る舞っていただけだったのだと、俺は遅れて気づいた。俺が抱える複雑な心境を、アザミが感じていないはずもない。
俺は足を止め、俺たちがかつて通っていた中学校がある方角へと顔を向ける。少し高い位置にある学校の一部、桜の木も見ることが出来た。満開というにはまだ寂しい。あと数日もすればここから見ても分かるほど、見事なまでに咲き誇るだろう。
「……あれから、お花見もやめちゃったらしいね……」
ポツリとアザミが呟いた。俺は何も言えず、ただじっと桜の木を見つめる。
幼い頃から見慣れた美しい桜の木だ。きっと桜は何も変わっていない。けれどそれを見る俺たち、村人たちの気持ちが変わってしまったのだ。
あの桜の木の下で、鈴蘭は人知れず息を引き取っていた。原因はよく分からず、不審死として片付けられたと聞いている。だからこそ、満開の桜の木が鈴蘭の命を吸い上げて咲いているように、俺には思えて仕方ない。
そんな桜が今年、中学校の廃校と共に切り倒される。
それが良い事なのか、悪いことなのか、俺には未だ判断がつかない。ただ、見守らなければいけないと思って帰省したのだ。
生前の鈴蘭を知る、幼馴染みの一人として。
何時頃につくとは伝えていたので、玄関の前で母が待ち構えていた。俺をそっちのけで、アザミに対して「アザミちゃん、元気?」と話しかける。息子の扱いがそれでいいのかという気はしたが、嫁と姑の関係が良好なのは良いことだろう。
アザミは母と話すと、少し離れた自分の家へ荷物を置きに行った。夕飯はうちで、アザミの両親も一緒にとることになっている。明日はアザミ家。よそで話すと驚かれるが、俺たちにとってはこれが当たり前だった。
玄関でスーツケースの車輪についた泥を拭いていると、母が「はい、これ」と何かを差し出してきた。白い封筒にはハッキリと俺の名前が書かれている。
見覚えのある字だと思ったが、思い出せない。
手紙をひっくり返すが、そこに差出人の名前はなかった。
切っても消印も押してある。正規の手続きで届いた手紙だったから、親も対応に困ったのだろう。
「捨てようかなとも思ったんだけど、ちょうどあなたの帰省が決まってたから」
母は困ったようにそういった。直接見せて判断を仰ぎたかったようだ。
「イタズラかな?」
そう言いながら俺は封を切る。出てきたのは桜が描かれた可愛らしい便せん。ふわりと、懐かしい香りが広がった。なんの匂いだろうと思いつつ便せんの文字に目を通し、俺は固まる。
「……葵?」
心配そうな母の声にハッとし、慌てて便せんを閉じた。
「高校の同級生のイタズラ。結婚決まって実家に戻るって決まってたから、タイミング見計らって送りつけてきたみたい」
慌てて言い訳を口にした。母は疑うことなく納得したようだ。「面白いお友達がいるのね、結婚式には呼ぶの?」と聞いてくる母に、「向こうの都合があえばね」と曖昧に返す。
「疲れたから部屋でちょっと休む。アザミ戻ってきたら呼んで」
そういうと母の返事をまたずに、俺はスーツケースを持って階段を上がる。二階の自室。久々に帰ってきた感動に浸る余韻もなく、開いたドアを慌てて閉じた。
俺は握りしめていた手紙を見つめる。シワがよったそれに焦り、慌ててシワをのばしてから、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そっと便せんを取り出す。ふわりと香った匂いがなんなのか、俺は思い出していた。これは鈴蘭が好きだった桜の香り。
手紙の一文目を目にして、俺は息を止める。それは突然死した鈴蘭からの手紙だった。
◇◇◇
葵ちゃん、元気かな? 鈴蘭だよ。覚えてる?
この手紙が届く頃、葵ちゃんはすっかり大人になってるだろうから、私のことなんて忘れてるかも。寂しいなって思うけど、仕方ないよね。
この手紙が届く頃、私は死んでいると思います。
死に場所は中学校の桜の木の下かな。そこで眠るように。
綺麗に死にたかったんだけど、死ねたかな?
私ね、あの桜の木が大好きなの。どうせ死ぬならあそこがいいって、前に話したでしょ? 大事なことは桜の木の下で決めるし、桜の木の下に埋めるんだ。
そうするとね、桜が力を貸してくれる気がするの。
だから大好きな桜の木の下で眠ろうと思います。
第一発見者は葵ちゃんがいいなって思っていたんだけど、どうなったかな? この手紙を書いている私には分かりません。
私の想像通りに、葵ちゃんが私を見つけて、この手紙も無事に葵ちゃんに届いていればいいなと思います。
これから死ぬ私には願うことしか出来ないので、葵ちゃんが読んでいると願って書きます。
卒業式の前日、私は殺されます。
◇◇◇
俺の両親、アザミの両親が集まっての夕食はずいぶんとにぎやかだ。アザミと同棲を初めてから二人で食卓を囲むようになったけど、家族ぐるみの騒がしさとはまるで違う。
気心知れた仲だから、両親たちは楽しそうだ。父たちはお酒を飲み交わし、小さい頃はと昔話に花を咲かせ、母たちは忙しなく俺たちに食べ物を進めてくる。
アザミは笑い、食べ、とても楽しそうだった。そんな空気に、俺は乗り切れない。
頭から鈴蘭の手紙が離れない。
たちの悪いイタズラも考えたが、あの地は鈴蘭のものだ。丸っこい、独特の癖字。一緒に頭を突き合わせて宿題をした仲だ。
一度鈴蘭の字だと気づいてしまえば、もう疑いようがない。
となると、殺されたとはどういうことなのか。死因はよく分からなかったはずだ。
俺は我慢ができずに口を開く。
「なあ、鈴蘭の死因って結局、分からなかったんだよな」
空気が一瞬で変わった。先ほどまでの暖かな空気が消え、冷え冷えとしたものが肌を刺す。
聞いてはいけない疑問を口にしたと分かった。分かったものの、質問を撤回する気にはなれなかった。
じっと母たちを見つめると、ふたりは神妙な顔で顔を見合わせている。
「葵、いま、その話は……」
アザミがそっと俺の服の裾を引っ張った。表情が暗い。手が震えている。
アザミにとっても鈴蘭の死はショックだったに違いない。高校で道が分かれ、大学で再会した際、鈴蘭の名前は一切アザミの口から出なかった。
忘れたかったのだと思う。その気持ちがよく分かったから、俺も口には出さなかった。
だが、今日の手紙を見たあとでは触れずにはいられない。病弱だったゆえに、すぐに体調を崩した鈴蘭。
家で安静にしているのが詰まらないという鈴蘭のために、俺とアザミは野山の花を贈った。体調がよい日は一緒に冒険もした。
学校の宿題で頼りになったのは鈴蘭だ。鈴蘭は沢山のことを知っていた。身体が不自由でなく、こんな田舎で生まれなかったら、きっと立派な大人になっていた。
病気さえなければ、家から通える距離に学校さえあれば。近くに最新設備の整った病院があれば……鈴蘭を思い出すと、悔しい思いが湧き上がる。
「もうすぐ学校も、桜の木も切り倒される……。鈴蘭の思い出がどんどん消えていく!」
俺は拳を握りしめる。アザミが下を向く。その細い肩は震えていた。
「……お前たちには酷かもしれないが、聞くか?」
父の低い声が響く。母の止めるような呼び声。顔を上げた視界に入ったのは、父の鋭い眼差しだった。その表情が告げている。聞いたら後戻りできないぞと。
「……聞きたい! もう俺は大人だ! 子供だからって理由で、幼馴染の死の理由を隠されるなんてごめんだ!」
力強く宣言すると、止める側だった母も口をつぐむ。父は腕を組み、しばし言葉を整理するような間を空けてから話し出した。
「鈴ちゃんの担当医いただろ。鈴ちゃんの母親が見つけてきたっていう」
父の問いに俺は頷く。病者な鈴蘭を心配して、わざわざ両親が呼び寄せた医者だ。小さな村には病院などなく、病気になったら隣の町までいかなければならなかった。
その時間で娘に何かあったら嫌だと、心配性な鈴蘭の母親が探してきた人物だ。
俺は話したことがほとんどない。鈴蘭と話していると、病気に障るからとよく追い出された。今にして思えば何でと疑問も湧くが、子供の頃はそういうものだと思っていた。
「あの男は、去年患者の一人に刺されて死んだ」
「えっ!?」
俺の思考が止まる。アザミも目を見開いて、じっと父の顔を凝視していた。
「恨みだったらしい。被害者は女性で、小さい頃に病気の治療と評して、その……暴行されたと」
父は気まずそうに言葉を濁す。それだけで何が行われたのかは、察しがついた。ついただけに血の気が失せた。
「男の死後、家宅捜索されて、沢山の写真が出てきた。その中に、鈴ちゃんの……」
最後まで聞く前に俺は勢いよく立ち上がっていた。身体が怒りで震える。俺はなにかを話そうとして、でも言葉にならず、奥歯を噛みして、拳を握りしめた。
「……じゃあ、鈴蘭は……」
なんとか絞り出した俺の問いに、父は悲しさやら悔しさやら、様々な感情の詰まった渋面を浮かべた。
「自殺……だろうな。自室から大量の睡眠薬が見つかっていたらしい」
殺される。そう書かれた手紙の一文を思い出す。
それは汚い大人に心を殺された鈴蘭の、悲しい叫びだったのだろうか。
久々に訪れる中学校はずいぶんと廃れて見えた。俺が通っていたころから古い建物ではあったが、素人目にみても危ないという印象だ。崩れてしまう前に壊そうというのは、賢明な判断に思えた。
明日あたりには満開の花見日和になりそうだが、桜の木の様子を見に来る者の姿はなかった。
俺が中学生だった頃に比べれば近所の人間は全員年終えている。久々にあった両親ですら老いたという印象を受けるのだから、単純に花見の準備が大変になったのかもしれない。
けれどそこに、あの桜の木の下で、眠るように死んでいた鈴蘭の影響が全くないとは思えなかった。あれから十年たったのに、俺は今でも、あの朝の空気を、桜の花びらに埋もれる鈴蘭の姿を、目の前に存在しているかのように思い出せる。
「葵、中入らないの?」
桜の木を見つめて動かない俺の手を、アザミが引く。その瞳は揺れていた。何気ない空気を装っている。だが、それが不自然だった。
満開とはいかなくても、十分に目を惹く桜。その桜の木に一切視線を向けないアザミ。それは逆に、アザミの中にある深い傷をうかがわせた。
「入る。壊される前に見ておかないと」
わざと明るい笑顔を浮かべると、アザミはホッとした顔をした。
手を繋いで校舎の中へ入る。もう壊すし危ないから、靴をはいたままでいいと言われている。忠告通り、長らく使われていなかったのか校舎の中は埃っぽく、床を踏みしめるたびに、ギィッという音がした。
今にも崩れ落ちそうな音に俺はひやりとする。手を繋いだアザミも慎重に足を進めていた。それでも引き返すという選択肢がないのは、これが最後だと分かっているからだ。
中学生の時より大きくなったはずなのに、ずいぶん時間をかけてたどり着いた教室。当時使っていた勉強机はそのまま、三つ並んでいる。
俺、鈴蘭、アザミの順番で座っていた当時を思い出し、昨日から感じる重たい感情が質量を増した気がした。
アザミが繋いでいた手を離し、窓の方へと歩いて行く。換気をするつもりなのだろう。俺はふらりと机へ向かう。俺の席ではなく、鈴蘭の席だ。
生きている鈴蘭の姿を思い出す。卒業式楽しみだねと笑う姿。あれはどういう気持ちで言った言葉で、どういう気持ちを隠した笑みだったのだろう。あの時すでに鈴蘭は死ぬことを決めていたのか。それとも、あの後鈴蘭の身に、死ぬ決意をするような何かが起こったのだろうか。
立っているのがキツくなり、俺はため息をつきながらしゃがみこむ。
故郷に帰り、鈴蘭の死と向き合うと決めたときから辛い気持ちになることは分かっていた。だが、これほどまでとは誰が予想出来ただろう。
あの日の鈴蘭に何かを言えれば、鈴蘭の苦しみに気づいてあげられれば、何かが変わったのだろうか。そんな後悔ばかりが胸の中でグルグル回る。
そんな俺の視界に、白いものが入り込む。しゃがみこんだことで、机の奥に押し込められたものが見えたのだ。
何だろうと思い引っ張り出すと、それは俺の元に届いた手紙と同じもの。鈴蘭の手紙だとすぐに理解できた。気づけば俺は、封を切っていた。
◇◇◇
この手紙を見つけるのはどちらかな? 葵ちゃん? それともアザミちゃん?
私は葵ちゃんがいいなと思っています。葵ちゃんだったらきっと、私の思いを受け取ってくれると思うから。
私の死因は聞いたかな? 睡眠薬の過剰摂取。きっと自殺として片付けられたと思う。事実、私は睡眠薬を飲みました。でもね、私はいつも持っているケースに入っている分を飲んだんだよ。
私と一緒にいた二人なら見たことあるでしょ。私が飲む薬を間違えないように、その日飲む分を別けてしまっていたケース。あのケースの中身がね、ある日、別の薬に取り替えられていたんだ。
笑っちゃうよね。毎日私が飲んでる薬なのに、なんで私が気づかないと思ったんだろ。ほんのイタズラ心だったのかな?
でも、私は傷ついたよ。イタズラじゃすまない。薬を飲まなきゃ生きていけないって知っているのに、そんなことをするなんて、殺そうとするのと何が違うの?
だから私は、犯人の望む通りにしようと思います。
自殺として片付けられても、周りにはバレなかったとしても、やった側は忘れないでしょ? これは私の抵抗であり、復讐です。
この手紙、どちらが見つけたのか、それを知ることが出来ないことだけが心残りです。もし、見つけたのが葵ちゃんなら、アザミちゃんの様子を見ておいて。
アザミちゃん臆病だから、まだ持ってると思うよ。私のものと入れ替えた薬のケース。
◇◇◇
夜、桜の木の下に誰かがうずくまっていた。手にはスコップ。地面に置いてあるスマホが、桜の木の幹、スコップの鈍い輝きを不気味に照らし出している。
人影は一心不乱に何かを掘っていた。その後ろ姿が見慣れたものであることに、俺は深い絶望を覚える。
「……アザミ、そこで何してるんだ」
ビクリと肩をふるわせて、アザミが振り返る。その表情は別人のようだった。汗で額に髪が張りつき、スマホの光源がアザミの顔の凹凸を不気味に際立たせる。一気に老け込んだようなアザミの姿に、俺は現実を受け入れるほかなかった。
唇が震え、数秒の間を置いてからアザミは笑う。日頃の笑顔に比べると、ずいぶん不自然な笑み。
「どうしたの、こんなところで」
「それは俺が聞いたんだけど」
そういいながら近づく。アザミは逃げ出したいという反応をしたが、掘っていた穴の方に気をとられて動きが止まる。その隙に近づいた俺は、アザミの手を取った。
スコップが手から滑り落ち、カランという音がなる。風が吹き、桜の木が歓声をあげるように花びらが舞い散った。夜桜という幻想的な光景なのに、アザミの表情は酷いものだ。それを睨み付ける俺もきっと、鬼みたいな顔をしているのだろう。
掘っていた穴の横に白い封筒と緑色の薬ケースが置いてある。見覚えのあるそれは、鈴蘭が持っていたものに違いない。
「お前にも鈴蘭から手紙が来てたのか」
アザミが目を見開く。「葵にも……?」と乾いた唇からかすれた声が漏れた。
「お前が、薬を入れ替えたのか!」
掴んでいた手に力を込める。アザミは目を見開いて、それから乱暴に俺の手を振り払った。
「殺す気なんてなかった! ほんの出来心! 鈴蘭だったら気づいて飲まないと思ってた!!」
「出来心って、気づいた鈴蘭がどう思うのか考えなかったのかよ!」
「葵のせいだよ!!」
俺の激高に対して、アザミは叫んだ。それから涙目で俺を睨み付ける。その表情と声には、俺を硬直させるには十分な鬼気迫るものがあった。
「葵が、鈴蘭ばっかり気にするから! 他の大人もそう! 鈴蘭はかわいい、賢い、可哀想! 鈴蘭によくしてあげて、護ってあげて! 私は鈴蘭のオマケでも、召使いでもないのに!」
アザミは一気にそう捲し立てて、ゼェゼェと肩で息をする。
「お前……そんなこと思ってたのか?」
俺は呆然と呟いた。
鈴蘭の面倒を姉のように見ていたアザミ。楽しげに笑い合っていた二人。それは全て、幻だったのだろうか。
「思ってたよ! ずっと!! 高校になったら別々だから、鈴蘭からやっと離れられると思ったのに、嫌がらせみたいに死んで! なんなのあの子! 葵のことだって、私は昔から好きだったのに!」
アザミはそう叫ぶと、口元を歪にゆがめて笑った。
「医者に乱暴された? どうせあの子の方から誘ったんでしょ!」
視界が赤く染まる。気づけば俺はアザミの胸元を掴んで、地面に引きずり倒していた。晒された白い喉。どうすればいいのか、外れた理性が告げていた。
風が一層強く吹いて、桜の木の枝がザワザワと揺れる。桜の花びらが、罪を多い隠すように舞い踊る。
その奥に、満足そうに笑う鈴蘭の姿が見えた気がした。
気づけば土を掘っていた。アザミが持ってきたスコップで、ザクザクと。
隣には地面に横たわるアザミの姿。白い首には手の形をしたアザがくっきりついている。動く様子はない。いや、動くはずがない。
俺は無言で穴を掘る。アザミはたぶん手紙と薬のケースを埋めて、なかったことにしかったのだ。だから俺もアザミを埋めて無かったことに。
大事なことは桜の木の下で決めるし、桜の木の下に埋める。
そう書かれていた手紙を思い出す。そうだ。俺もそうしよう。グッとスコップを強く土に押し込むと、何かが先にぶつかった。石かと舌打ちし、乱暴に土を払うと、出てきたのは桜の絵がかかれた缶。
鈴蘭が宝物をしまうんだと笑っていた缶だ。
俺は慌てて土を掘り返す。スコップを放り投げ、手が汚れるのも構わずに土をどけて、汚れた缶を宝物のように拾い上げる。こびりついた土と泥を丁寧に払い、俺は缶を土の上にそっとおく。
これを埋めたのは自殺を決意してからだという、妙な確信があった。俺は疲労と緊張で滲む手の汗をズボンで拭い、慎重に蓋を開けた。
中に入っていたのはしっかりした作りをしたロープ二本と白い手紙。俺と葵、そして机の奥に押し込められていたものと同じ封筒だ。何が書かれているのかと、俺はゴクリと唾を飲み込んで、震える手で封を切る。
一行、二行、そして最後まで目を通した俺の口は、乾いた笑みを浮かべた。自然と笑いが漏れる。笑わずにはいられない。目尻に浮かんだ涙を拭うと、視界の端に横たわるアザミの姿がうつる。
俺はロープを手に取ると桜の木を見上げた。
桜の木は悠々とそこにある。俺たちがまだ幼い頃、何も知らずに笑っていたあの頃と変わらず、未来がこんなことになるなんて思いもせず、三人手をとりあって笑っていた頃のまま。
ざぁっと風がふき、木の枝が揺れる。
鈴蘭が両手を広げ、待っている。
俺は薄く笑みを浮かべ、ローブを桜の枝にかけた。
◇◇◇
この手紙を見つけたのは葵ちゃん、アザミちゃん、どちらかな?
アザミちゃんなら桜の木の下に証拠を隠すと思ってたし、葵ちゃんなら私が桜の木の下に何か隠してるって気づいてくれるかなって、そう思ってこの手紙をここに埋めました。
二人には十年後に手紙が届くようにしておきました。読んだ? 机に隠した手紙も見つけてくれているといいけど。
二人のことはよく知ってる。だから私が思うとおりに動いてくれたらいいなと思ったんだけど、なにしろ私は死んでるので、どこまで想像通りに二人が動いてくれたかは分かりません。
なんでこんなことをしたのかって思ってるでしょ?
二人が悪いんだよ。私を捨てて、この村を出ようとするから。
私は二人とずっと一緒に楽しく過ごしたかっただけなのに、アザミちゃん、あなたはだんだん私のことを邪魔に思うようになったね。葵ちゃんをとられると思ったの? 私は葵ちゃんのことは家族としか思ってなかった。恋愛対象になんかなるはずなかったのに。
葵ちゃんも葵ちゃんで、いつしか私を異性として意識するようになったね?
あの気持ち悪い視線を葵ちゃんから向けられた時の私の気持ち、わからないでしょ? 葵ちゃんはいつも気づかない。アザミちゃんが葵ちゃんのことを好きなことも、私に嫉妬していることも、私が本当は助けてほしくて、だから葵ちゃんを家に呼んでいたことも、全部、全部気づかなかった!
動けないことをいいことに、私を人形みたいに弄んだ奴と同じ空間にいることが、どれだけ恐ろしいことなのか、葵ちゃんは気づかなかった!
しまいには私をアイツと同じ目でみた。これは裏切りだよ。ずっと一緒にいようって言ったのに、ずっと仲良しでいようって桜の木の下で約束したのに。
だから私は死ぬことにしました。
自殺? 違うよ。
私は葵ちゃん、アザミちゃん、そして汚い大人に、無関心な大人に殺されのです。
どうせ私は長く生きられない。二人がいない村に残されたって絶望しかない。だから心と体が本当に死ぬ前に、自分で綺麗に死ぬことにしました。
この手紙を見つけたってことは、私のこと忘れられなかったんでしょ。十年間ずっと、心のどこかに私がいたでしょう? 私の体は死んでも、私の思い出は二人の中で生き続ける。それってとても素敵だね。
でも、それだけじゃ物足りないの。だって私たちは三人一緒でいるべきでしょう。そう誓い合ったんだから。
だから私のお気に入りの缶の中には、二人に向けてのプレゼントを入れました。私の最後のプレゼント、二人はもらってくれるでしょ?
だって私たち、ずっと一緒にいるって誓ったんだから。
二人だけ生きるなんて許さないよ。
鈴蘭より
私の大好きな幼馴染みたちへ




