あなたの幸せな生活
深夜を伝えるアナウンサーの声。
空き缶の並んだ壁。
すっぱい臭いがしていたキッチン。
重い扉の開く音。
「ただいま〜!」
私の名前を呼ぶ声。
今日も幸せそうだ。
「すぐにお夕飯の準備、するからね。待たせちゃってごめんね。何がいいかな。パスタ?ラーメン?」
彼女はスーツも脱がずに冷蔵庫を弄る。
彼女はここをお城と呼んでいる。
私と過ごすための六畳一間なのだと。
私の事を恋人と呼ぶ。
手繋ぎ歩いた公園。
パスタの完成を知らせる電子音が鳴り、肌色のストッキングを履いた足が近づいてくる。
目の前に皿が置かれる。
「どうぞ、めしあがれ」
口を大きく開きがっつく。
人工的な熱さと冷たさが口いっぱいに広がる。
口元をべたべたにしても、彼女がすぐに拭いてくれる。
「自分でご飯を食べられて偉いね」
頭を撫でてくれる。
お皿が下げられる。
彼女は私の手を握る。
「また、爪を切らないとね」
バレないように目を伏せる。
爪切りの時間は嫌いだ。
冷たい銀色の爪切りが深く当てられる。
バチリと音が鳴り、爪と僅かな皮膚が私の身体から離れる。
人間の手。
10回、繰り返してようやく終わる。
赤さが滲む手を彼女は愛おしそうに眺める。
切った爪がジップロックに仕舞われ、タンスへ消えていく。
酒を持った彼女が帰って来る。
明日、お城から出ていくまでずっとここにいる。
私と、私とお城を繋ぐ大きな金属たちを眺めている。
重さは日常になった。
擦れる痛みはまだある。
「私は、全てからあなたを助けてあげたんだから」
「ずっと幸せに暮らしていこうね」
ここには温もりだけがある。
これからも、ずっと。