第三話 ドワーフの忘れ物と、僕らの城 第1部『最高の朝食と、雨漏りする我が家』
翌朝、僕が目を覚ましたのは、今までに嗅いだことのない、香ばしくて甘い、食欲を猛烈に刺激する香りだった。
洞窟の入り口付近では、ガラクが上機嫌に鼻歌を歌いながら調理を進めている。大きな鍋の中では、僕たちが収穫したばかりのニンジンやタマネギが、ことことと音を立てて黄金色のポタージュへと姿を変えていた。その隣で熱された平たい石板の上では、すりおろしたジャガイモがジュウジュウと心地よい音を立てながら、こんがりと焼き色をつけている。
「さあ、できたぞ!みんな、朝ごはんだ!」
ガラクが木の器に手際よく盛り付けてくれたのは、まさに「ご馳走」と呼ぶにふさわしい光景。湯気の立つポタージュに、キツネ色に焼かれたジャガイモのガレット。彩りに、ガラクが森で見つけてきたという木の実が添えられている。
ポタージュを一口食べた瞬間、野菜の優しい甘みが、舌の上でとろけるように広がっていく。岩塩だけの味付けだった僕のスープとは、もはや次元が違う。野菜の旨味が幾重にも重なり合い、深いコクを生み出していた。
「きゅん!きゅん!」
コハクは尻尾をちぎれんばかりに振りながら、夢中で器に顔をうずめている。そして、普段はクールなハグレでさえ、無言のまま誰よりも早く器を空にすると、一瞬だけためらった後、おずおずとガラクの前に空の器を差し出した。おかわりを要求しているのだ。
「…っ!も、もちろんだ!いくらでも食べてくれ!」
目に涙を浮かべ、ガラクは感極まった声でハグレの器にスープを注いだ。その光景は、何よりも雄弁に、彼が我々の仲間になったことの幸せを物語っていた。
温かい食事がある。笑い合える仲間がいる。昨日までは考えられなかった、当たり前のようで奇跡のような日常。僕は、この幸せがずっと続けばいいと、心の底から願っていた。
だが、その日の夜。僕たちの急ごしらえの拠点は、自然の猛威の前ではあまりにも無力であることを思い知らされる。
激しい雨音で目を覚ますと、洞窟の天井の亀裂から、ぽた、ぽたと冷たい雨水が容赦なく滴り落ちていた。僕たちの寝床にしていた干し草はぐっしょりと濡れ、火床の火も弱々しく喘いでいる。
コハクは僕の腕の中で寒そうに震え、ハグレも体をきつく丸めていた。ガラクも、眠れずに不安そうな顔で天井を見上げている。
(ダメだ……これじゃ、家じゃない。ただの、雨漏りする洞窟だ。僕が守るって決めたのに、みんなを寒い思いさせて……)
冷たい滴が頬を伝う。それが雨水なのか、悔しさからにじんだ涙なのか、自分でも分らなかった。
(ただ雨露をしのぐだけじゃない。みんなが安心して『ただいま』と言えるような、温かくて、絶対に雨漏りしない、最高の家を作ろう!)
心に、決意の炎が灯った。
翌朝、雨が上がると、僕はみんなに宣言した。僕たちの手で、僕たちの家を建てる、と。
ガラクは目を丸くした後、すぐに「面白そうだな!任せろ!」と力強く頷いてくれた。
まずは材料集めだ。ガラクには拠点と食料の番を頼み、僕とコハク、そしていつの間にか僕たちの外出についてくるのが当たり前になったハグレも、少し離れた場所から後を追う。
いつもより少し森の奥へと足を踏み入れると、奇妙な光景が目に飛び込んできた。
森の木々の一部が、まるで巨大な獣が牙で削り取ったかのように、ズタズタになっているのだ。断面は新しく、とても人間の仕業とは思えない。
「……なんだろう、これ」
僕の呟きに、コハクが「くぅん…」と不安げに喉を鳴らす。ハグレも、警戒するように周囲に視線を巡らせていた。
不気味な光景に少し気にはなったが、今は考えるのをやめた。僕たちには、もっと優先すべきことがある。
僕は意識を切り替え、家の材料になりそうな、丈夫で真っ直ぐな木を探し始めた。
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