第二話 臆病な料理人と、心をとかすポタージュ 第三部『四人目の家族と、ガラクタの郷』
僕は、まだ感動に打ち震えるガラクの手を、そっと取った。
「さあ、帰ろう。僕たちの家に」
「え……?」
「君の料理を待ってる子が、もう一匹いるんだ」
ガラクは、まだ戸惑いながらも、僕に手を引かれて歩き出す。彼のもう片方の手には、宝物のようにフライパンが握られていた。
洞窟に戻ると、ひんやりとした空気が僕たちを迎える。その奥、地底湖の水晶から放たれる青白い光の中に、ハグレの姿があった。彼女は僕の隣にいる見知らぬ侵入者に気づくと、全身の氷の結晶のような毛を逆立て、喉の奥から低い唸り声を上げる。
「ふしゅーーーーっ!」
鋭い威嚇の声が洞窟に響き渡り、せっかく自信を取り戻しかけていたガラクは、「ヒッ!」と短い悲鳴をあげて、再び僕の後ろに隠れてしまった。
(まさか、最後の関門が、こんなに可愛いラスボスだったなんて……)
絶体絶命の状況。そんな彼を救ったのは、やはり彼自身の料理だった。
僕が畑からカブを数個収穫して渡すと、ガラクは震える手で、しかし、料理人としての誇りを込めて、即席のポタージュスープを作り始めた。 まるで祭壇に供物を捧げるかのように、彼は完成したスープを木の器によそい、ハグレの前に、そっと差し出した。
クリーム色のスープから立ち上る、ふわりと甘く、優しい香り。
最初こそ警戒を解かなかったハグレだが、その食欲をそそる匂いには抗えなかったようだ。彼女は用心深く器に近づき、鼻先をくんくんと震わせる。そして、小さな舌で、ぺろりと一口スープを舐めた。
次の瞬間、彼女は驚いたようにサファイアのような瞳を大きく見開いた。よほど気に入ったのだろう、顔を器に突っ込むと、あとはもう夢中だった。小さな口で、しかし凄まじい勢いでスープを飲み干していく。
やがて、器が空になると、ハグレは名残惜しそうに舌で器を一度だけ舐めた。そして、ぷいとそっぽを向きながらも、ガラクに向かって「…くるる」と、満足げに、そして深く、喉の奥を鳴らした。それは、彼女なりの最大限の賛辞であり、「まあ、認めてやらなくもない」という合格のサイン。
コハクも、ハグレも、自分の料理を喜んでくれた。その事実が、ガラクの心を温かいもので満たしていく。彼は、僕の方を振り返り、震える声で尋ねた。
「僕……ここにいても、いいのか?」
僕は満面の笑みで頷いた。
「もちろんだよ。君はもう、僕たちの大切な仲間だ。一緒に、ここで暮らそう」
その夜、僕たちは四人で火を囲んでいた。
パチパチと火の爆ぜる音。ガラクが明日の朝食の相談を嬉しそうにしてくれる声。僕の膝の上で、満足げに寝息を立てるコハク。少し離れた場所で、でも前よりずっと近くで、体を丸めて眠るハグレの気配。
(忘れられたレッドドラゴンに、臆病なアイスドラゴン。戦士らしくないと追放されたリザードマンの料理人。そして、役立たずの烙印を押された僕……)
僕は、目の前の温かい光景を見つめながら、心に誓いを立てる。
(そうだ、ここは、世間から"ガラクタ"扱いされた者たちが、自分らしく輝ける場所だ。なら、ここを――**『ガラクタの郷』**と名付けよう。僕たちの、大切な我が家だ)
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