第十六話 醸造家の帰郷と、初めての乾杯 第2部『職人たちの対面と、初めての祝杯』
郷の空気に満ちる、心地よい緊張。
厨房の王であるガラク。郷の全てを創り出すズボラ。そして、伝説の酒を造るギムレット。三人の職人が、互いを値踏みするように、じっと見つめ合っている。
その沈黙を破ったのは、意外にも、ギムLETさんの方だった。
「言葉はいらん」
彼は、背負っていた小さな樽を、ドン、と大きな切り株のテーブルの上に置いた。
「これを飲めば、わしが何者か分かるじゃろう」
それは、僕たちの異世界の知識と、ドワーフの伝統技術が融合して生まれた、全く新しい「マウンテンゴールド・エール」。彼の、最高の自己紹介だった。
ガラクの目が、爛々と輝く。だが、その樽に手が伸びるより早く、ズボラが、すっと前に進み出た。
「……遠路遥々、ようこそ」
彼が、ギムレットさんに差し出したのは、留守の間に彫り上げていた、見事な彫刻が施された樫の木のジョッキだった。
「俺たちの郷へ。歓迎の印だ」
ギムレットさんは、そのジョッキを受け取ると、無言で、しかし食い入るような眼差しで、その仕事ぶりを検分し始めた。指先で、縁の厚みを確かめる。光に透かし、歪みがないかを見る。そして、底に彫られた、ズボラの小さなサインに気づくと、ふむ、と一度、深く頷いた。
「……悪くない」
ドワーフの最高の職人からの、最大の賛辞だった。
ズボラが作った最高のジョッキに、ギムレットが造った最高の黄金のエールが、トクトクと注がれていく。**琥珀色の液体が、ジョッキの中で渦を巻き、やがて、王冠のようにきめ細やかでクリーミーな泡が、こんもりと盛り上がった。**豊かな麦の香りと、フルーティーな酵母の香りが、あたりにふわりと広がった。
ギムレットさんは、その最初の一杯を、シルヴァンではなく、料理人であるガラクに、無言で差し出した。職人から、職人への、敬意の表明。
ガラクは、厳粛な面持ちでジョッキを受け取ると、まずその香りを楽しみ、そして、ゆっくりと一口、エールを口に含んだ。
次の瞬間、彼の大きな瞳が、カッと見開かれた。
「……うめぇ」
絞り出すような声。
「なんだこりゃあ!うますぎる!この豊かなコクと、爽やかな苦味!そして、後から鼻に抜ける、この華やかな香り……!くそっ、最高じゃねえか!このエールで煮込んだ猪肉のシチュー!このエールを隠し味にしたソース!最高の料理が、頭の中に、溢れてきやがる……!」
料理人の魂が、最高の酒と出会い、共鳴した瞬間だった。
エールは、郷の仲間たち全員に注がれ、誰もがその奇跡の味に、驚きと喜びの声を上げる。
ガラクとギムレットさんは、既に次の料理と酒の相性について、専門用語を交えながら熱く語り合い、ズボラは、その二人の姿を、少し照れくさそうに、しかし誇らしげな笑顔で見つめている。
コハクとハグレは、ジョッキからこぼれた泡を、ぺろぺろと舐めて、不思議そうに首を傾げていた。
僕は、その光景を、胸がいっぱいになりながら、見つめていた。
(追放された役立ずの元貴族、臆病な料理人、一族のガラクタだった木工職人、そして、夢を失った醸造家。そんな僕たちが、今、ここで笑い合っている……)
僕は、ズボラが作ってくれた、僕だけのジョッキを、高々と掲げた。
その声に、仲間たちが、一斉に僕へと注目する。
「ようこそ、ギムレットさん!僕たちの郷へ!そして、僕たちの新しい家族に!」
僕は、感極まるのを抑えながら、叫んだ。
「乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
郷の歴史上、初めてとなる、喜びと友情に満ちた祝杯が、夏の夜空に、高らかに挙げられたのだった。




