第十五話 奇跡の芽吹きと、醸造の唄 第3部『初めての一杯と、新たな仲間』
数週間の、長く、そして短い熟成期間が過ぎた。
僕たちがギムレットさんの工房を訪れると、そこには、これまで嗅いだことのない、甘く、香ばしく、そして鼻の奥をくすぐる、どこか果実のような芳醇な香りが満ちていた。
樽の中で、僕たちのエールが、完成を告げていたのだ。
工房の中は、以前訪れた時とは打って変わって、ピカピカに磨き上げられている。ギムレットさんは、まるで祭壇に向かう神官のように、厳粛な面持ちで、熟成を終えた樽の前に立っていた。
その手には、彼がこの日のために、自ら石から削り出したという、見事な作りのジョッキが二つ、握られている。
「……いくぞ」
ゴクリ、と僕が喉を鳴らす。
ギムレットさんが、緊張した手つきで、樽の栓を捻った。
トクトクと、心地よい音を立てて、琥珀色の液体がジョッキへと注がれていく。それは、彼が言っていた通りの、美しい黄金色に輝き、きめ細やかでクリーミーな泡を、まるで王冠のように、誇らしげに頂いていた。
ギムレットさんは、その一杯を、まず光に掲げ、色を確かめる。次に、神聖な香りを味わうように、ゆっくりと鼻を近づける。そして、意を決したように、その一口を、ゆっくりと口に含んだ。
工房に、長い、長い沈黙が流れる。
僕は、彼の反応を、固唾を飲んで見守っていた。
やがて、彼の厳つい顔が、くしゃりと歪んだ。その目から、再び、熱いものが一筋、こぼれ落ちる。
だが、それは、先日僕が見た絶望の涙ではなかった。自身の人生の最高傑作と出会えた、一人の職人の、歓喜の涙だった。
「……帰ってきた。いや……」
彼の唇から、震える声が漏れた。
「わしの知るエールよりも、遥かに、うめぇ……!」
僕も、勧められるままに、そのエールを一口飲んだ。
……言葉を失った。
麦の豊かなコクと、ホップの爽やかな苦味。そして、後から追いかけてくる、僕が生み出したブドウの酵母がもたらしたであろう、フルーティーで、華やかな香り。全てが、完璧な調和を奏でている。
ギムレットさんは、完成したエールを、愛おしそうに眺めた後、僕に向き直ると、数十年の頑固な仮面を脱ぎ捨てた、最高の笑顔で、ニカッと笑った。
「小僧。決めたぞ。わしは、お前さんたちと一緒に行く」
「え……?」
「こんなうめぇ酒、こんな谷奥で、独りで飲んでたって、つまらんからな!」
彼は、満足げにジョッキを掲げ、続けた。
「それに、お前さんたちの郷は、面白そうだ。料理人も、木工職人もいる。わしの酒にふさわしい杯と、最高のツマミを作ってくれる奴らがいる。そんな場所でなら、わしの酒造りも、もっと面白くなるかもしれん」
こうして、僕たちの郷に、四人目の仲間「ドワーフの酒造家」が加わることが決まったのだった。
僕たちは、最高の仲間と、最高の酒のレシピという、想像を遥かに超える贈り物を手に、郷への帰路につくことになった。




