第二話 臆病な料理人と、心をとかすポタージュ 第一部『最高の朝食と、雨漏りする我が家』
コハクが豊穣の土を、ハグレが導きの水を与えてくれた僕たちの畑は、まさに奇跡の菜園だった。
僕が【種子生成】で生み出したカブやニンジン、ジャガイモの種は、この森に満ちる濃密な魔力を栄養にして、信じられないほどの速さで、そして瑞々しく育っていく。
収穫したカブは雪のように白く、ニンジンは血のように紅く、ジャガイモは赤子の頭ほども大きい。そのどれもが、生命力に満ち溢れていた。
最高の食材。最高の仲間。
だが、僕たちの食卓には、一つだけ、決定的な問題があった。
それは、料理人である僕の腕が、あまりにも未熟であるという、悲しい現実だ。
「……うん、まあ、美味しい、かな」
焚き火でコトコト煮込んだ野菜スープ。味付けは、残り少なくなった貴重な岩塩だけ。
コハクは、僕に気を使ってか、もぐもぐと食べてくれている。だが、ハグレは一口だけスープを舐めると、「ふしゅん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。彼女の正直な反応が、僕の胸に突き刺さる。
(せっかくコハクが土を耕してくれて、ハグレが水を育んでくれた、奇跡のような野菜だ。それなのに、僕の腕じゃ塩で煮るだけなんて……。この子たちに、本当に美味しいものを食べさせてあげられていない……)
申し訳なさが、胸に募る。
そんなある日、食料の足しになるキノコでも探そうと、僕たちはいつもより少し森の奥へと足を踏み入れた。
その時だった。
森の静寂を破る、聞き慣れない音が僕の耳に届いた。
――トントントン、トトトン……。
まるで熟練の料理人がまな板で何かを刻むような、軽快でリズミカルな音。
続いて、――ジュウウウッ!
油を引いた鉄板に、食材を一気に入れたような、食欲を猛烈に刺激する音。
そして、その美味しそうな音に水を差すように、――「ヒィッ!」
情けない悲鳴が響き渡った。
僕とコハクは顔を見合わせ、音のする方へと、濡れた下草を踏みしめながら慎重に近づいていく。
シダの葉の隙間からそっと覗き込むと、信じられない光景が広がっていた。
そこにいたのは、一人のリザードマン。彼は使い込まれた調理器具で手際よく何かを調理していたが、自分で立てた音にいちいち驚いては、情けない悲鳴をあげている。
やがて、僕たちの気配に気づいた彼は、こちらを見て金切り声を上げた。
「ヒッ!に、人間とドラゴンーッ!」
ガシャン!とけたたましい音を立ててフライパンを地面に落とし、彼はその場にへたり込んでしまった。その大きな瞳は、恐怖に潤んでいる。
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