第十四話 酒造りのドワーフと、黄金の種 第3部『役立たずのスキルと、黄金の奇跡』
工房に、重い沈黙が落ちた。
埃をかぶった壮麗な醸造設備を背に、ギムレットさんは、まるで自分自身に言い聞かせるように、ぽつりと呟いた。
「あの麦とホップがなければ、わしのエールは造れん。そして、わしの人生も、ここで終わりじゃ」
数十年にわたる絶望が、その言葉には凝縮されていた。
僕は、静かに口を開いた。
「もし、その種さえあれば、またお酒を造ってくれるのなら……僕が、力になれるかもしれません」
「……あん?小僧、お前に何ができるというんじゃ」
ギムレットさんは、訝しげに僕を見つめる。
「僕のスキルは、【種子生成】です。どんな植物の種でも、生み出すことができます」
その言葉を聞いた瞬間、ギムレットさんの顔から、わずかに開いた心の扉が、ピシャリと閉まるのが分かった。
彼は、鼻でふん、と笑うと、侮蔑の色を隠そうともせずに、吐き捨てた。
「百姓スキルか。ふん、畑でも耕すのが関の山だろう。わしの神聖な酒造りには、何の役にも立たんな」
その言葉は、かつて僕が父から投げつけられた、「役立たず」という烙印と、全く同じ響きを持っていた。
だが、僕の心は、不思議なほど穏やかだった。隣で、コハクとハグレが、僕を心配するように、そっと寄り添ってくれている。僕にはもう、独りじゃないという、確かな自信があった。
僕は、ギムレットさんに、もう一度向き直った。
「お願いします。その『黄金の大麦』と『香りのホップ』が、どんな植物だったのか、僕に詳しく教えてくださいませんか。色、形、葉の数、そして、どんな香りがしたのか……」
僕のあまりにも真剣な、そして、専門的ですらある問いに、ギムレットさんは、怪訝な顔をしながらも、まるで遠い昔を懐かしむように、ぽつり、ぽつりと、その幻の植物について語り始めた。
僕は、その言葉の一言一句を、聞き漏らすまいと、意識を集中させる。
仲間を助けたい。この頑固で、寂しがり屋で、誰よりも酒造りを愛する職人にもう一度、夢の酒を造らせてあげたい。
僕の強い想いが、【種子生成】のスキルを最大限に引き出す!
僕が手のひらを差し出すと、そこに、温かい黄金色の光が灯った。それは、まるで樽の中で豊かに熟成された、最高のエールのような、深く、そして優しい光。
光が消えた後、僕の掌の上には、数粒の、完璧な種が残されていた。
一つは、ギムレットさんが語った通りの、太陽の光を凝縮したかのような「黄金の大麦」。
もう一つは、鼻を近づけるだけで、森の朝のような、清々しくも甘い香りがする、小さな「香りのホップ」の種。
工房の静寂を、ギムレットさんが息を呑む音が、破った。
彼は、まるで幽霊でも見るかのように、僕の手のひらを見つめている。そして、震える手で、その種を、一粒、つまみ上げた。
彼は、その黄金色の大麦を、自分の目元まで持っていくと、穴が開くほど、じっと見つめている。
その肩が、小さく、震え始めた。
「……本物だ」
彼の唇から、か細い、嗚咽のような声が漏れた。
「……本物、じゃ……。わしの……わしの宝物が、帰ってきた……!」
頑固一徹だった老ドワーフの目から、数十年間枯れていたはずの、熱いものが静かにこぼれ落ちた。
それは、絶望の終わりと、新たな希望の始まりを告げる、温かい涙だった。




