第十二話 故郷への帰路と、最高の贈り物 第1部『村への凱旋と、新たな交易』
僕たちの、故郷への帰路が始まった。
あれほど険しく、心臓を締め付けるような緊張感に満ちていた峠道。行きに聞いた風の音は魔物の唸り声のようだったのに、帰り道では、まるで僕たちの凱旋を祝福するファンファーレのように高らかに聞こえる。土の匂いも、木々のざわめきも、全てが僕たちを「よくやったな」と褒めてくれているようだった。足取りは軽く、心は達成感と、仲間たちが待つ我が家への期待に満ちている。
数日後、僕たちは再びあの国境の村へとたどり着いた。
以前訪れた時の、あの重く、沈んだ空気はどこにもない。僕たちの姿を見つけた村人たちが、「おお!」「戻ってきたぞ!」と、温かい笑顔で駆け寄ってきてくれるのだ。
中でも一番に駆け寄ってきたのは、意外にも、あの酒場の店主だった。彼は、僕の肩を乱暴なくらい力強く叩くと、「……生きて帰るとはな、大したもんだぜ、兄ちゃん!」と、ぶっきらぼうな笑顔を見せた。その目には、もう疑いの色はない。
「兄ちゃん!」
人垣をかき分けて、僕の元に飛び込んできたのは、ユイちゃんの友達の少年だった。彼の後ろから、はにかみながら現れたのは、すっかり顔色が良くなったユイちゃん本人。
彼女は、僕の前に立つと、おずおずと、森の花で編んだ小さな花冠を差し出してくれた。
「……ありがとう、ございます」
その時、僕の足元にいたコハクが、心配そうにユイちゃんの顔を覗き込んだ。「きゅん?」と鳴くと、彼女はもう怖がることなく、小さな手でそっとコハクの頭を撫でてくれた。僕の後ろに隠れていたハグレでさえ、その光景を見て、警戒の息を「ふしゅん…」と一つ漏らすと、少しだけ前に出てきてくれた。
その小さな声と、仲間たちを受け入れてくれる村の優しさに、この旅の全ての苦労が報われた気がした。
僕たちは、長老の家に招かれ、村で採れた木の実のスープや素朴な焼きパンといった、心のこもったもてなしを受けた。
その席で、僕は、感謝の印として、革袋に詰めた真っ白な塩の粉末を、長老に差し出した。
「これは、僕たちからの感謝の気持ちです。地図がなければ、僕たちは塩を手に入れることなどできませんでしたから」
長老は、そのずっしりとした重みに目を見開き、中身を見ると、言葉を失った。集まっていた村人たちからも、どよめきが起こる。ある者は涙ぐみ、ある者は祈るようにその白い粉を見つめている。飢饉に苦しむ彼らにとって、食料を保存するための塩は、金銀以上に価値のある宝物だった。
長老は、しばらく黙って塩の袋と僕の顔を見比べていたが、やがて、何かを決意したように、深く頷いた。
「若者よ。……いや、恩人殿。あんたに、我々の村から、一つ提案がある」
彼は一度、村人たちの顔を慈しむように見渡した。
「あんたのような若者がいるのなら、我々の未来も、まだ捨てたもんじゃない。そう思えたんじゃ。だからこそ、これは賭けだ。我々の村の『宝』と、あんたたちの未来を交換してはくれんか」
長老が差し出してくれたのは、意外なものだった。
一つは、使い古されて、革の表紙が飴色になった、一冊の古い書物。
「これは、この村に代々伝わる**『家畜の育て方』を記した本だ。特に、ニワトリを育て、卵を産ませる知恵が詰まっておる」
そして、彼が合図すると、村の男が、小さな籠を大事そうに運んできた。中には、二羽の可愛らしいヒナが、ぴよぴよと鳴いている。コハクが「きゅん!」と嬉しそうに鼻を寄せると、ヒナたちは驚くどころか、仲間だと思ったのかさらに元気よく鳴き始めた。
「このつがいのヒナも、あんたに託そう」
「それに……」と、長老は続ける。「この辺りでしか採れない薬草の知識**もだ。あんたたちの誠実さへの、我々なりの投資じゃよ」
それは、ただの物々交換ではなかった。
僕たちの郷の未来を、食文化を、そして命を、根底から豊かにしてくれる、最高の「知識」と「生産技術」という資産。塩を求める旅が、思いがけず、郷の未来をさらに豊かにする、新たな扉を開いたのだ。
「……謹んで、お受けします」
僕は、長老と、固い握手を交わした。
これは、ただの交易じゃない。世界から見捨てられた者たちが、手を取り合って未来を築くための、最初の約束だ。
『ガラクタの郷』にとって、初めてとなる外部世界との温かい絆が、今、ここに結ばれた。




