第十一話 塩の採掘場と、賢い魔物 第3部『静かなる脱出と、郷への帰路』
僕の背負子はずっしりと重かった。中には、コハクが精製してくれた、雪のように真っ白な塩の粉末が、革袋に詰められてぎっしりと詰まっている。そして、僕の隣を歩くハグレ。見た目はいつもと変わらないが、その体の中には、僕たちが数日かけても運びきれないほどの、高濃度の塩水が蓄えられている。
任務は、完了した。
「よし、行こう。みんなが待つ、僕たちの郷へ」
僕が囁くと、二匹も力強く頷いた。僕たちは、再びあのドワーフの水路へと、慎重に足を踏み入れる。
その、瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴッ!
洞窟の奥、魔物の巣がある方角から、まるで岩盤そのものが崩落するかのような、凄まじい轟音が響き渡った。続いて、クァァァァッ!という、空気を震わせる怒りの咆哮。
僕たちは、その場で凍りついた。
長老が言っていた魔物、ロックリザードが、長い眠りから目を覚ましたのだ。
ズシン!ズシン!
地響きが、先ほどまでの寝息とは比べ物にならないほど、激しく、そして不規則に僕たちを襲う。奴は、巣の中で暴れ回っている。僕たちの気配に気づいたのか、あるいは、ただ寝起きが悪いだけなのか。どちらにせよ、状況は最悪だった。
ここからが、本当の戦いだ。長老の言葉を思い出す。「耳が異常に良い」。
これは、力ではなく、知恵と、そして「音」を制する者が勝つ戦いだ。
僕は、コハクとハグレに、指で「静かに」と合図を送る。二匹も、緊張に体をこわばらせながら、必死に頷き返した。
僕たちは、再び水路の中へと身を潜めた。ごうごうと流れる水の音だけが、僕たちの唯一の味方だ。
息を殺し、壁を伝うように、一歩ずつ、慎重に進む。自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
ガンッ!
頭上で、何かが岩盤に叩きつけられる、凄まじい衝撃音。ロックリザードの爪か、あるいは尻尾の一撃だろうか。その衝撃で、天井からバラバラと小石が降り注ぎ、一つが、カラン、と音を立てて水路に落ちた。
僕の心臓が、喉から飛び出しそうになる。
だが、幸いにも、その小さな音は、絶えず響く水の音に、完全にかき消されていた。
僕たちは、お互いの存在だけを頼りに、暗闇の中を進み続けた。どれほどの時間が経っただろうか。
やがて、水路の先に、外の月明かりが見えてきた。出口だ。
僕たちは、最後の力を振り絞って、その光を目指す。そして、苔むしたアーチから、外の冷たい空気の中へと、転がり込むように飛び出した。
背後で、なおも響き渡る魔物の咆哮を聞きながら、僕たちは、ただ、走った。
峠を駆け下り、安全な場所までたどり着くと、僕たちは、その場にへたり込んだ。僕は、隣で同じように息を切らしているコハクとハグレの頭を、力いっぱい撫で回した。「よくやったな、二人とも!君たちのおかげだ!」二匹もまた、僕の腕に顔をすり寄せて、無事を喜び合ってくれた。
静かなる勝利。僕たちは、誰一人傷つくことなく、故郷の未来を支える、白い宝を手に入れたのだ。
眼下には、僕たちを信じ、送り出してくれた村の、温かい灯りが見える。
僕は、その村に向かって、一度、深く頭を下げた。
そして、頼もしい相棒たちに向き直る。
「さあ、帰ろう。ガラクとズボラが待つ、僕たちの郷へ!」
最高の土産を手に、僕たちの心温まる我が家への帰路が、今、始まった。
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