第九話 癒しの薬草と、村人の心 第3部『雪解けと、新たな情報』
夜の闇の中、僕の手の中で淡く輝く『月雫草』は、まるで小さな月そのもののようだった。
僕は、咲いたばかりの花を数本、丁寧に摘み取ると、呆然と立ち尽くす長老の元へと歩み寄り、そっと差し出した。
「約束の、薬草です」
長老は、震える手でそれを受け取った。彼は、目の前で咲いた奇跡の花と、僕の顔、そして僕の後ろに静かに佇むコハクとハグレを何度も見比べ、言葉を失っている。やがて、彼は我に返ると、僕に一度だけ深く頷き、孫娘が眠る家の中へと駆け込んでいった。
それからの一時間は、永遠のように長く感じられた。
僕と、ユイの友達である少年は、家の外で固唾を飲んで待っていた。遠巻きに見ていた村人たちも、いつの間にか、祈るように家の扉を見つめている。疑いや嘲笑の色は、もう誰の顔にもなかった。
ギィ、と扉が軋む音。
中から現れたのは、ユイの母親らしき女性だった。彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃに濡れている。誰もが、最悪の結末を覚悟した、その時。
彼女の顔に、この村で初めて見る、満開の花のような笑顔が咲いた。
「熱が……!ユイの熱が、引いて……!今、穏やかな寝息を立てて、眠っています……!」
その言葉を合図に、張り詰めていた空気が、一気に歓喜の渦へと変わった。村人たちは、お互いに抱き合って声を上げて喜び、僕の手を握っては、何度も、何度も感謝の言葉を繰り返す。その瞳は、皆、温かい光で潤んでいた。
僕は、そっと家の中を覗かせてもらった。そこには、数時間前まで苦しげな呼吸を繰り返していたとは思えないほど、すやすやと、安らかな顔で眠るユイちゃんの姿があった。
翌朝。僕たちが目覚めると、村の広場には、ほとんど全ての村人たちが集まっていた。
その中心で、長老と、昨日まで僕に敵意むき出しだった酒場の店主が、僕の前に進み出る。そして、何の合図もなく、深々と、その頭を下げた。
「旅の若者よ。我々は、あんたを疑った。疲弊した心で、あんたの善意を信じることができなくなっていた。許してくれとは言わん。だが、感謝だけは受け取ってほしい。あんたは、この村の恩人だ」
長老の言葉に続き、村人たち全員が、僕に頭を下げてくれた。その光景に、僕は胸が熱くなるのを感じた。
その後、僕たちは長老の家に招かれた。
「恩人に、これ以上、嘘はつけん」
そう言うと、彼は古びた羊皮紙の地図を広げ、塩の採掘場に関する、より詳細な情報を教えてくれた。
「店主が言っていた通り、峠には魔物が住み着いている。岩のような体を持つ『ロックリザード』だ。あれは目がほとんど見えんが、その代わり、耳が異常に良い。力押しでは、まず勝てん」
長老は、地図の一点を指さした。
「だが、奴の巣の真下を、昔ドワーフが掘った古い水路が通っておる。水の流れる音が、お前さんたちの足音を消してくれるはずだ。そこが、唯一の安全な道じゃ」
長老は、僕が持っていた地図を受け取ると、震える手で、その「秘密の抜け道」を、丁寧に描き加えてくれた。
それは、もう、ただの地図ではなかった。
僕が、この村で勝ち得た、かけがえのない「信頼」の証だった。
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