第九話 癒しの薬草と、村人の心 第2部『奇跡の種と、龍の恵み』
夜の闇は、深く、冷たかった。
僕が長老に示されたのは、ユイという少女が寝ている家のすぐ隣にある、石ころだらけで、雑草もまばらにしか生えていない、見捨てられた畑だった。
村人たちは、家の窓から、カーテンの隙間から、僕の奇行を遠巻きに眺めている。その視線は、まだ疑いと、ほんの少しの野次馬根性に満ちていた。
そんな中、たった一人、僕の元へと駆け寄ってきてくれた者がいた。酒場で助けを求めていた、あの少年だ。
「兄ちゃん、これ……!」
彼は、息を切らしながら、古びた松明と、なみなみと水の入った皮袋を差し出してくれた。
「ありがとう。助かるよ」
「う、うん……!俺、兄ちゃんを信じるよ。ユイは、俺の、一番の友達なんだ……!」
その小さな手に宿る、まっすぐな信頼。僕は、彼の想いに応えなければと、心を固く引き締めた。
僕は、畑の中央に立つと、ゆっくりと目を閉じた。
意識を集中させる。野菜ではない。花でもない。「病を癒す薬草」という、これまでとは全く違う概念。そして、「ユイちゃんを助けたい」という、ただ一つの純粋な願いだけを、心の中で強く、強く練り上げていく。
これまでの【種子生成】とは、比べ物にならないほどの集中力。体の芯が、じりじりと熱くなっていくのを感じる。
僕の想いに応えるように、スキルが、これまでで最も強く、そして優しい、白銀の光を放った。
僕がそっと目を開けると、その手のひらには、まるで月の光の欠片を固めたかのように、淡く、清らかに輝く一粒の種が乗っていた。
僕は、その奇跡の種を、少年が耕してくれた柔らかい土の中心に、そっと植えた。
「コハク、お願いだ」
僕の言葉に、コハクは力強く頷くと、「あうー!」と一声、大地へと【豊穣の息吹】を注ぎ込んだ。種が植えられた場所を中心に、土が温かい黄金色の光を放つ。窓から見ていた村人たちから、小さな驚きの声が漏れたのが聞こえた。
次は、ハグレの番だ。
僕が彼女に視線を送ると、彼女は「ふしゅん」とそっぽを向き、僕には関係ない、とでも言いたげな素振りを見せる。
その時だった。
ユイの家の中から、彼女の母親だろうか、「ユイ、しっかりしておくれ……!」という悲痛な声と共に、ユイの「……うぅ……」という苦しげな呻き声が、か細く聞こえてきた。
その声に、ハグレの体が、ぴくりと硬直した。
彼女のツンとした素振りは、一瞬にして消え失せる。彼女は、苦しむ少女が寝ている家を、じっと見つめた後、僕の前に進み出た。そのサファイアのような瞳には、迷いのない、真剣な光が宿っていた。
彼女は、芽吹き始めたばかりの土に向かい、そっと、その力を注ぎ込む。
【水の導き】。それは、ただの水ではなかった。生命力そのものが、きらきらと輝く青い光の奔流となって、大地へと染み込んでいく。
次の瞬間、僕たちは奇跡を目の当たりにした。
黄金と青の光に満たされた大地から、柔らかな銀色の光が溢れ出す。それは、瞬く間に芽吹き、茎を伸ばし、葉を広げ、そして、夜空に浮かぶ月に向かって、そっと花開いた。
銀色の花びらの上で、夜露が月の光を反射して、美しい雫のようにきらめいている。まさしく「月雫草」。
荒れ果てた畑の上に、僕たちの仲間を想う心が、一つの命を救うための奇跡を咲かせた瞬間だった。




