第九話 癒しの薬草と、村人の心 第1部『疑いと、一縷の望み』
僕の申し出に、それまで重く沈んでいた酒場の空気が、まるで凍りついたかのように、ぴんと張り詰めた。村人たちの視線が、一斉に僕へと突き刺さる。それは、感謝や期待の色ではない。飢えと疲労、そして度重なる裏切りによって研ぎ澄まされた、刃物のように鋭い「疑い」の色をしていた。
僕の足元で、その敵意を敏感に感じ取ったコハクが「ぐるる……」と低く喉を鳴らし、ハグレも僕の後ろに隠れて「ふしゅー…」と警戒の息を漏らす。
「……おい、旅の兄ちゃん。あんた、自分が何を言ってるか分かってるのか?」
カウンターから、酒場の店主が、値踏みするような目で僕を睨みつけた。「薬草探しだぁ?俺たちだって、腕の立つ村の男たちが、もう何日も探し回って、見つからなかったんだ。それを、あんたみたいなひょろっとしたよそ者に、何ができるってんだい」
彼の言葉は、この村が今まで、どれだけ多くの旅人に甘い言葉をかけられ、裏切られ、あるいは失望させられてきたかを物語っていた。
だが、一人だけ、僕の言葉に希望を見出した者がいた。助けを求めにきた、あの少年だ。
彼は、僕の服の裾を、小さな手でぎゅっと握りしめ、懇願するように叫んだ。
「お願いだ、旅の兄ちゃん!ユイを助けてくれるのか!?」
そして、酒場に入ってきた一人の老人を見つけると、堰を切ったように泣きながら駆け寄っていく。
「じっちゃん!この人が、助けてくれるかもしれないんだ!」
現れたのは、深く刻まれた皺と、眠れぬ夜を幾度も越えてきたであろう心労にやつれた表情が印象的な、村の長老らしき老人だった。病気の少女ユイは、彼の孫娘らしかった。
長老は、僕を一瞥した。その瞳は、ただの老人のそれではない。幾多の裏切りを見抜き、共同体を守り抜いてきた指導者の、厳しく、そして底の知れない深さを持っていた。
彼は、孫を救いたいという愛情と、得体の知れないよそ者を信じていいのかという警戒心との間で、激しく葛藤しているようだった。
やがて、長老は、僕という人間を試すように、重々しく口を開いた。
「この村の熱病には、『月雫草』という薬草が効く。月の光を浴びて、銀色に輝く花だ。だが、乱獲とこの天候不順で、近場ではもう何年も前に採り尽くされてしまった」
彼は、一度言葉を切ると、挑戦的な目で僕を見据えた。
「もし、お前がそれを、朝日が昇るまでに手に入れられるというのなら……信じてやろう。孫の命を、お前に託そう」
それは、常識で考えれば、不可能を強いる試練。酒場の誰もが、「ほら見たことか」「しょせん口先だけよ」と嘲笑の表情を浮かべているのが、肌で分かった。
だが、僕の心は、不思議なほど穏やかだった。
(……僕も、同じだった)
絶望の中で、独り、死を待っていた僕の前に現れてくれた、小さな命。コハクが差し伸べてくれた温もりを、僕は決して忘れない。
(僕が救われたように、今度は、僕が救う番だ)
僕は、長老の目を真っ直ぐに見返し、静かに、そして力強く頷いた。
「分かりました。お任せください」
僕のその即答に、長老の眉が、ぴくりと動く。酒場の空気も、嘲笑から、純粋な驚きへと変わっていた。
僕は、何も説明せず、ただ、ユイが寝ている家のそばにある、今は使われていない荒れた小さな畑を、少しだけ貸してほしい、とだけ告げた。
訳が分からず、きょとんとする村人たちを後に、僕はコハクとハグレを連れて、夜の闇の中へと歩き出した。




