第八話 塩を求める旅と、初めての世界 第1部『旅立ちの準備と、留守を託す者』
「――というわけで、僕たちは塩を手に入れるために、一度、郷の外へ旅に出ようと思う」
僕の決意表明に、ガラクとズボラは真剣な顔で頷いていた。
次の日の朝、僕たちは家の中心に置かれた大きな切り株のテーブルを囲み、最初の「郷の会議」を開いていた。木の皮に描かれた、ごく大雑把な地図。そこに、僕の前世の知識と、時々様子を見にきてくれるドガたちオークから聞いた、森の地理知識を書き込んでいく。
「僕の記憶が正しければ、塩は海が近い場所か、昔、海だった山脈で採れることが多いんだ」
「なるほど……。それなら、この森を東に抜けた先にある、だだっ広い平原の、さらに向こう側ってことにならあな」
ガラクが、ドガから聞いた情報を付け加える。
「南の山脈は、魔物が多くて危険だと聞く。東へ向かうのが、一番安全な道だろう」
ズボラも、慎重に意見を述べた。こうして、僕たちの最初の目的地が、東の平原の先にあるであろう「街」に定まった。
目的地が決まれば、次は旅の準備だ。それは、郷の仲間たちのスキルと知識の総力戦となった。
「旅の基本は、食料と水だ!俺が、腹持ちが良くて、長持ちする最高の保存食を用意してやる!」
ガラクは厨房で、先日作ったばかりの燻製肉をさらに干してジャーキーにしたり、栄養価の高い木の実を砕いて焼き菓子にしたりと、頼もしい兵站の要となってくれた。
ズボラは、僕の体を採寸すると、ドワーフの斧と、彼自身の繊細な技術を駆使して、木製の頑丈な「背負子」を作り上げてくれた。僕の体の線にぴったりと合うように計算されたそれは、長時間重い荷物を背負っても、疲れにくいように工夫されている。……その背負子の肩当ての部分には、僕の紋章である斧と、コハクとハグレの顔を模した、小さな木彫りのお守りが、はにかむように添えられていた。
だが、全員で行くわけにはいかない。
「悪いが、俺は残るぜ」
最初に口火を切ったのは、ガラクだった。
「厨房は、この郷の心臓だ。俺が、この城を守らなくちゃな」
続いて、ズボラも言った。
「俺も残る。オークの旦那衆に、新しい食器を届ける約束もあるし、何より、みんなが帰ってくるまでに、この家をもっと住みやすくしておきたい」
彼らの言葉に、胸が熱くなる。郷は、もう僕がいなくても、自分たちの意志で動き、成長していく。
こうして、旅に出るのは、始まりの時と同じ、僕とコハク、そしてハグレの三人に決まった。
出発の朝。いつもと違う空気を察したのか、コハクとハグレは、僕の足元から片時も離れようとせず、そわそわと尻尾を揺らしていた。
ガラクとズボラが、万感の想いを込めて、僕たちを見送ってくれる。
「シルヴァン、これを持っていけ。いざという時に食え」
「この背負子、少しでも違和感があったら、帰ってきてからすぐに教えろ。最高の形に直してやるからな」
「うん、ありがとう、二人とも。必ず、最高の塩を持って帰るから」
仲間たちと固い約束を交わし、僕と二匹のドラゴンは、希望と少しの不安を胸に、住み慣れた郷を後にした。
僕たちの、未知なる世界への第一歩が、今、踏み出された。




