第六話 初めての家具と、それぞれの寝床 第1部『ガラクの腰痛と、設計図』
『ガラクタの郷』に、新しい朝の音が生まれた。
一つは、工房と定めた家の片隅から聞こえてくる、ズボラが木を削る、サク、サク、というリズミカルで心地よい音。彼は、先日世話になった礼だと、オークの一族に渡すための木彫りの食器作りに余念がない。その横顔は、もはや劣等感に苛まれていた頃の面影はなく、自分の仕事に誇りを持つ職人のものだった。
もう一つは、少し拡張された厨房エリアから聞こえる、ガラクが奏でる、トントン、ジュウジュウ、という陽気で食欲をそそる音。
僕は、家の壁に使うための粘土を運びながら、その二つの音の協奏曲に、思わず笑みをこぼした。
コハクはズボラの足元で、鉋屑を相手に楽しげにじゃれつき、ハグレは厨房から漂う香ばしい匂いが気になるのか、遠巻きにそわそわと歩き回っている。
(家族が、増えたんだなあ……)
この温かくて、少し騒がしい日常が、僕の心をじんわりと満たしていく。
「さあ、できたぞ!今朝は猪のベーコンと、森のキノコのオムレツだ!オークの旦那衆も、遠慮なく食ってくれ!」
ガラクの威勢のいい声に、僕たちは食卓代わりの大きな切り株へと集まった。ドガたちオークも、最初は遠慮していたが、今ではすっかり郷の食卓に馴染んでいる。
「うめぇ……ガラクの作るもんは、なんでこんなにうめぇんだ……」
「毎日こんなもんが食えるなら、ここに住み着いちまうか!」
オークたちが、子供のようにはしゃぎながら、とろとろの卵を頬張る。最高の朝食を囲む、最高の仲間たち。これ以上の幸せはないだろう。
だが、そんな穏やかな日常に、小さな、しかし切実な問題が持ち上がった。
食事が終わり、それぞれが今日の作業に取り掛かろうとした、その時だった。
「うぅ……い、痛てて……」
立ち上がろうとしたガラクが、奇妙な声をあげて、自分の腰をそろそろとさすり始めた。
「どうしたんだい、ガラク?」
「いやぁ、どうも最近、朝起きると腰の鱗のあたりがギシギシしやがる。壁ができて雨風はしのげるようになったんだが、やっぱり床が硬えからなあ……」
彼の言葉に、僕はハッとした。僕もズボラも、まだ若いから平気だったが、確かに、干し草を敷いただけの硬い岩盤の上での睡眠は、体に相当な負担をかけているはずだ。
すると、ガラクがおずおずと、ズボラの方に向き直った。
「なあ、ズボラ……。お前、何かこう、体を楽にして眠れるようなもんは作れねえか?別に、急ぎじゃねえんだが……」
それは、ズボラがこの郷の仲間から受けた、初めての「仕事」の依頼だった。
頼られたズボラは、一瞬きょとんと目を丸くしたが、次の瞬間、その顔に誇らしげな、満面の笑みが広がった。
「任せろ、ガラク!俺が、最高の寝床を考えてやる!」
言うや否や、ズボラは真剣な顔つきで腕を組み、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
「(体を浮かせる……となると、やっぱり台のようなものが必要か?だが、それだけじゃ結局、板の上で寝るのと変わらねぇ。何か、こう、体を優しく支えるような仕組みが……)」
ズボラが、職人として、仲間のための答えを必死に探している。その姿を見て、僕の脳裏に、前世の記憶が鮮やかにフラッシュバックした。
そうだ、ズボラくんが考えようとしている、その素晴らしいアイデア。それを形にするための、最高の設計図が僕の頭の中にある!
僕は、焚き火で燃え残っていた木炭を拾うと、壁作りのために剥がしておいた、大きな木の皮の裏に、夢中で何かを描き始めた。
「シルヴァン?何を描いてるんだ?」
「これだよ!ズボラくんが考えているアイデアを、僕なりに形にしてみたんだ!」
僕がみんなに見せたのは、四本の脚で体を支え、地面から離れた高さに、平らな寝床を作るための台。僕たちの世界で「ベッド」と呼ばれているものの、ごく簡易的な設計図だった。
「すごい!これなら、体が痛くならねえ!」
ガラクが、子供のように目を輝かせる。
「なるほど……この構造なら、頑丈で、寝心地も良さそうだ。シルヴァンの言う通り、これなら俺にも作れるかもしれねぇ……!」
ズボラも、職人の目で設計図を食い入るように見つめている。彼のアイデアと、僕の知識が、完全に一つになった瞬間だった。
「よし、決まりだ!」
僕は、みんなの顔を見渡し、高らかに宣言した。
「僕たちの次の目標は、郷の全員分の『ベッド』を作ることだ!」
温かくて快適な寝床を求め、僕たちの郷の壮大な一大計画が、今、ここに始動した。




