第五話 開花する才能と、守り-神の木像 第1部『木と語らう男と、郷の総力戦』
ズボラの朝は、夜明けと共に始まった。
郷の仲間たちがまだ穏やかな寝息を立てている中、彼は一人、工房と定めた家の片隅で、静かに木と向き合っていた。昨日までの怯えや劣等感は、その横顔から完全に消え去り、代わりに宿るのは、自分の成すべきことを見つけた職人だけが持つ、真剣で、穏やかな光。
ドワーフの斧を、まるで長年の相棒のように扱う。あの巨大なオークの手が、信じられないほど繊細な動きで、柔らかい木材の表面を薄皮一枚削り取っていく。サク……サク……と、心地よい音だけが、朝の静かな郷に響いていた。
やがて日が昇ると、巨大な守り神の木像作りは、郷を挙げての一大仕事となった。
僕の役割は、師としてズボラの作業を見守り、助言を与えること。そして、【種子生成】で追加の木材を供給したり、前世の記憶を頼りに、ズボラが腰を据えて作業に集中できる、頑丈な作業台を組み上げたりした。
「最高の職人には、最高の飯が必要だ!」
ガラクは厨房で大奮闘だ。栄養満点で、作業の合間に手軽に食べられる料理(おにぎりや串焼きなど)を次々と作り、みんなの士気を支える。
兄のドガを筆頭とするオークたちは、郷の警備や、巨大な木材の運搬といった力仕事を担当。自分たちの「英雄」が作業に集中できる環境を、全力で作り出してくれた。
コハクは、休憩中にズボラの足元で丸くなって彼の疲れを癒し、ハグレは、木屑で汚れた斧の刃先に、おもむろに「つん」と冷気を吹きかけて綺麗にしてくれる。
誰もが、自分の得意なことで、ズボラを、そしてこの郷を支えていた。まさに郷の総力戦だった。
作業は順調に進んでいた。だが、最も繊細な「守り神の翼」を彫る段階で、ズボラの手に迷いが生じる。
「(もし、ここで失敗したら……みんなの期待を、裏切ってしまったら……)」
一度知ってしまった成功の感覚が、今度は重いプレッシャーとなって彼を襲う。ピタリ、と彼の斧が止まった。
僕は、そっとズボラの隣に立ち、彼の大きな肩に手を置いた。
「大丈夫、ズボラくん。木を彫るんじゃない。木と語らうんだ。君が作りたいと願う、あの美しい鳥の姿を、この木に優しく伝えてあげればいい」
技術ではない。ただ、心を伝える。
僕の言葉に、ズボラはハッと顔を上げた。彼は一度、ゆっくりと目を閉じ、深く呼吸する。そして再び目を開けた時、その瞳に宿っていた迷いは、もうどこにもなかった。




