第6話:王都の下で、赤字が蠢く
「……王都の魔力供給が、昨日から不安定?」
書類をめくる手を止めて、加賀谷零が顔を上げた。
報告を受けたのは、王都インフラ統制局からの通達。
「一部の照明結晶塔が、供給断により稼働を停止しております」
「原因は?」
「……“維持費未納”とのことです」
グレイが重く息をついた。
「やはりな。供給業者への支払いが止まっていたんだ」
「帳簿には載ってないが、現実には請求されてると」
「典型的な──簿外債務、ですね」
エルネスが震える手で補足した。
*
「ここが、魔力供給塔……?」
零たちは現地に赴いていた。
塔の周囲は閑散としており、門には“供給停止中”の札。
結晶を繋ぐケーブルは剥き出しのまま風雨に晒され、
労働者たちが所在なげに座り込んでいる。
「もう三月も給金がないんだってさ」
「塔の上の機構も、放置されて壊れかけだ」
「全部、予算が宙に浮いてるせい」
カリナが眉をひそめながら記録を取り続ける。
「“今期支払予定外”って書かれていた案件が、20件以上」
「納品書はあるが、支出にカウントされていない」
零は呟いた。
「買掛金の未計上だな……信頼してる取引先だからって、帳簿に載せない。そんな“情”が国を殺す」
彼の脳裏には、現代での記憶がよみがえっていた。
──かつて、知人の経営者がM&Aで企業を買収した。
その企業が所有する土地を拠点開発に活用しようとしていたが、
調査の結果、“産業廃棄物”が地下に埋まっていたことが発覚。
建設は中止、処理費用は膨大。
表面上の帳簿には載らない“埋まった毒”が、すべてを壊した。
「……見えないものこそ、一番高くつく」
それ以来、零は“帳簿に現れないリスク”に異常なほど敏感になっていた。
*
次に向かったのは、騎士団の厩舎。
そこには巨大な車輪と魔導結晶を積んだ戦車型の車両群が並んでいた。
「おい、こいつらって……“貸し物”だったのか?」
バルロスが呆れ顔で契約書をひっくり返す。
「“賃貸借契約・所有権は供給者に帰属”って、これ……」
「ファイナンスリースに近いな。所有物のように使ってたが、これは“リース債務”だ」
「しかも、帳簿上は“寄贈”扱い……?」
「それじゃあ、将来の支払い義務は、どこにも記録されてない」
グレイが低く唸る。
「……簿外債務としては最悪の部類だ」
*
夜。
王宮の戦略会議室。
零は再び報告書を作成していた。
そこには、設備投資の現場調査結果、未計上債務、
そして、魔導供給停止による実害リストまでが整然と並ぶ。
リュシアがそれを読み、静かに問うた。
「……この国は、どうなるの?」
「三年以内に破綻します」
即答だった。
「でも、まだ希望はある」
「“埋まっている毒”を、先に見つければいい。
そうすれば、少なくとも“未来の資金”は救える」
彼の目は、どこまでも冷静で、どこまでも現実的だった。
*
そして、三日間に及ぶ調査の全容が明らかとなる。
・納税人口の水増し、および徴税記録の過少報告
・徴収官による癒着、および口約束徴税の実態
・地帯別の収益性の偏在と非効率な徴税制度
・老朽化したインフラ投資の長年の先送り
・帳簿に記載されていない“簿外債務”の多数の存在
・村単位で隠されていた買掛金や長期リース契約の痕跡
・一部土地における産業廃棄物の埋設など、利活用を阻害する要因
調査に当たったのは、加賀谷零一人ではない。
書記官のカリナ、バルロス、文官エルネスらが昼夜を問わず調査に奔走し、
グレイもまた、自身の知識と経験を総動員して支えに回った。
「……この報告がなければ、何十年も気づかず進んでいたかもしれない」
グレイのその言葉に、誰もが無言で頷いた。
これは、ただの“分析”ではない。
王国の未来を買い戻すための、最初の一手だった。
簿外債務──それは“見えない赤字”。
異世界でも、数字の魔法は現実を侵食する。
次回は、王宮に渦巻く“構造改革”の第一手が描かれる。