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第5話:運転資本の迷宮

王宮の一室に、分厚い帳簿が積み上げられていた。


加賀谷零はその山の中心に座し、

書記官たちと次々と書類をめくっていた。


「──次は、運転資本だ」


言葉に反応したのは、

疲労の色を隠せないエルネス。


「……税収の次は支出、ですか?」


「いや、支出じゃない。

“日々の資金循環”だ」


カリナが頷く。

「売掛金、買掛金、在庫──

短期のキャッシュの流れですね」


「その通り。

帳簿の数字だけ見てても、

資金が“動いてる”かは分からない」


バルロスがあくび交じりに唸る。

「現金残ってるなら、いいんじゃねえのか?」


「……そう思った奴らが、

この国の首を絞めてきた」


零は静かに一冊の帳簿を開いた。


「例えばこの鉄鉱山。

確かに収益性は高い。でも──」


ページを指差しながら続ける。


「売上債権、三ヶ月滞留。

買掛金は先月の三倍、

在庫回転率も悪い。

この状態じゃ、資金が“詰まる”のは時間の問題だ」


グレイが顔をしかめる。

「支払いが先、入金が後……

これは、まるで“詰め将棋”だな」


「いや、違う。

これは“綱渡りの舞台”だ。

一本のロープの上を、国家という巨人が歩いてる」



書記官たちは村単位の売掛一覧、

倉庫の在庫記録、領主との取引明細をかき集めた。


「この“聖草”って、

ずっと倉庫で眠ってます!」


カリナの声に、バルロスが首をひねる。

「高級薬草なのに、なんで売れねえんだ?」


「流通先が王都だけに限られてる。

販路が狭い商品は、現金化の“見通し”が悪い」


零は書き込みを加えながら言う。


「つまり、これは“キャッシュ化の低い資産”。

財務上の価値があっても、

現実の資金繰りには貢献しない」


「たとえ宝の山でも、

使えないなら“足枷”なんだ」



数時間後──


一連の在庫、売掛・買掛の整理が完了し、

運転資本の全体像が浮かび上がった。


「……現状、

国家としての“実行可能な支払い能力”は──」


エルネスが言いかけて、言葉を止める。


「どうした」


「……現行の運転資本推移を維持すれば、

三年以内に財政破綻する可能性が高いです」


重苦しい沈黙。


グレイが小さく呟いた。

「国家が、静かに壊れていく構造だな……」


バルロスが帳簿を閉じた音が、場を打ち消した。


「でも、まだ破綻してねえ」


「その通り」


零は立ち上がり、

王宮の窓の外を見やった。


「数字が見えれば、次の一手が打てる。

“動き”さえ止めなきゃ、資金は巡る」


「俺は、資産を使ってキャッシュを生む。

“国家という企業”を、そうやって回す」


その背中に、誰もが──

希望と現実を、見た。



資産があるのに回らない。

現金があるのに足りない。

国家経営の罠は、資金繰りの“時差”にある。

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