第4話:収益性という名の幻影
「──この村の人口は、いま何人だ?」
加賀谷零は、書き上がった帳簿の写しを見ながら、
近くに控えていた文官に尋ねた。
応じたのは、真面目そうな眼鏡の青年──エルネスだった。
「はい、南峡域のタルベ村は……五百四十七人と記録されております」
「そのうち納税義務を果たしているのは?」
「ええと……四百八十五人です」
「ふむ」
零は、別の資料──人口統計の推移グラフをめくった。
「おかしいな。この村、三年前には人口七百人を超えていたはずだ」
「……えっ」
「それが今、五百四十七?
出生率にしても死亡率にしても、自然減では説明がつかない。
──つまり、どこかで“記録が改ざん”されている可能性が高い」
静かな断言に、室内の空気が変わった。
「収益性分析、やり直そう」
零はペンを走らせながら言う。
「一過性の徴税や特殊事情を省いて、“正常収益力”を見なきゃ意味がない。
じゃないと、この国が本当に“生きてる”か判断できない」
*
「──まさか、納税データ自体が歪んでいたとはな」
部屋の片隅で、財務統制官グレイが小さく呟いた。
「……気づいてたんじゃないのか?」
零の問いに、彼は否定もしなければ、肯定もしなかった。
「財務官として、黙認せざるを得ない現実もある」
「でも今は違う。
この国を立て直すには、まず“嘘を炙り出す”ところからだ」
*
王都だけでなく、周辺の村の徴税データも洗い直され、
書記官たちは悲鳴を上げながら徹夜でデータの再集計を進めていく。
「村長が“水増し報告”をしていた事例が見つかりました!」
──冷静に指摘するのは、女性書記官のカリナ。
「こっちは逆だ、徴税記録が“少なめに”記されてます!」
──豪快に声を張り上げたのは、元軍属の書記バルロスだ。
「“口約束で徴税”した件、記録が残っていません!」
──少し疲れ気味のエルネスが、帳簿を両手で掲げながら訴える。
混乱と発見の連続。
それでも零は、淡々と数字を拾い、並べ、見つめる。
(国の価値は“幻想”ではなく、“継続性”で測るべきだ)
(この世界にその視点がなかったなら──俺が提示すればいい)
(……そう言い切れるようになったのは、
あの会社を、部下を、仲間を失ってからかもしれない)
*
そして三日目の朝。
加賀谷零は、一枚の報告書をグレイに手渡した。
「正常収益力ベースでの、推定税収」
グレイはそれに目を通すと、眉をひそめた。
「……予想より、三割も低いな」
「今までの収益報告が“飾られていた”証拠だ」
「つまり──この国は、見た目以上に“貧しい”ということか」
「そういうこと」
その報告書には、地名別・年次別に“純粋な税収”が整理されていた。
徴収担当官の癒着リスト、未回収の税額、
口約束の領収処理などの注記がぎっしりと書かれていた。
グレイが小さく息を吐く。
「……これは、魔法以上の“国家再生の呪文”だな」
「数字は嘘をつかない。
でも、人間は数字を“加工”する。
──なら、加工されたものは正せばいい」
その日、王国の帳簿は、
初めて“現実”の姿を取り戻した。
最初に洗うのは、この国の“収入”。
王国に残された税収データは、果たして──真実か、虚飾か。