第3話:この国の“数字”を、洗い出す
リュシア女王が静かに頷くと、背後の扉が控えめに開かれた。
銀糸の制服をまとった男性が、無言で進み出る。
黒髪、鋭利な横顔。
無表情で歩くその姿から、冷たい気配がにじみ出ていた。
「──紹介するわ。
ゼルタリア王国・財務統制官、グレイ=ミュレイン」
「召喚者……加賀谷零だ」
握手はない。ただ互いに名乗るだけ。
視線が交差し、すぐに分析と観察の応酬が始まる。
「リュシア陛下より命を受けました。
あなたを財務省にお連れします。現状をご覧ください」
無機質な声。
だが、それは忠誠ではなく“職務”としての対応だった。
零はすぐに気づく。
(彼も“感情より構造”を優先するタイプか。だが──)
(感情がゼロなら、最初から反発も生まれない)
*
向かったのは、王城の北棟にある“財務省”。
だが──零が最初に受けた印象は、言葉を失うほどのものだった。
古びた扉、乱雑な書類、床に落ちた帳簿の山。
壁の時計は止まり、机の上の蝋燭だけがぼんやりと空間を照らしていた。
書記官たちは疲れ果てた顔でうずくまり、誰もこちらを見ない。
「……これは酷いな」
零は思わず口にした。
「ここが、我が国の“会計の中枢”です」
グレイの声には皮肉も絶望もなかった。
ただ事実を淡々と述べる──まるで壊れた会計ソフトのように。
「予想以上だ。……でも、やるしかない」
零は足元に散乱した帳簿を一瞥し、ペンを走らせる。
「三日で、財務デューデリジェンスをかける。
この国の“数字”を洗い出すには、それしか方法がない」
「“デューデリ”……?」
「企業を買収する前に、“本当に価値があるか”を見極める調査。
国家再建も同じだ。まず、今の状態を把握する」
紙に書かれた五つの項目を指差す。
■ 財務デューデリジェンス:分析対象一覧
1.【収益性分析】
税収の推移、恒常的収益の算出。
例外的な徴税や一過性イベントは除外。
2.【運転資本分析】
未回収の税、兵站の滞り、保管されていない物資──
この国の日常を回す資本のバランス。
3.【設備投資分析】
過去の都市開発、未完の工事。
必要投資の遅れやサボタージュの洗い出し。
4.【ネットデット分析】
現金と借金の差。
年金支払、軍の未払金、隠れた負債含む。
5.【簿外債務・偶発債務】
帳簿に載っていない“爆弾”──
王族の個人保証、訴訟、借用書の存在確認。
「三日で、これを全て──?」
書記官の一人が口を開き、絶句する。
「全部じゃなくていい。
“判断に足る情報”が得られれば、それで動ける。
企業再建も国家運営も、“不完全な情報”の中で意思決定するのが当たり前だ」
グレイが沈黙を破る。
「……その進め方、共感できる。
だが、専門官も記録も足りない。手分けが必要だ」
「もちろん。
俺がやるのは指針の提示と統括。
具体的な資料収集や分析は──君の知る“優秀な人材”に任せたい」
「信頼はしないが、合理的ではあるな。紹介しよう」
*
その後、零は三人の文官と顔を合わせた。
それぞれ古文書、都市整備、軍事会計を担当する生き残りの“知の番人”たち。
その顔ぶれに、グレイが小さく呟く。
「──ゼルタリアの心臓を救えるかどうかは、今ここに集まった人間で決まる」
零は頷いた。
「最初の判断は、俺がやる。
だが“数字”は、皆が知っていて初めて力になる」
彼の目が鋭く光った。
「──さあ、国家監査を始めよう」
本格的に国家の“財務監査”が始まりました。
次回は、それぞれの分析フェーズに踏み込み、
数字に宿る“真実”と“歪み”が暴かれます。
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