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花咲く明日

 西暦2050年。

 かつて死の灰色の空に覆われていた東京は、青空を取り戻していた。

 街行く人々は、マスクも防護服も身につけていない。公園では子供たちが駆け回り、人々はカフェのテラスで談笑している。


 杉花粉症が完全になくなったわけではない。春先には依然として花粉は飛散し、アレルギー症状に悩む人もいる。しかし、かつてのような致死性はなくなり、それは数あるアレルギーの一つとして、コントロール可能なものとなっていた。


 科学者の小森は、歴史データベースの最終レポートを読んでいた。

 彼の顔には、深い安堵と、そして静かな涙が浮かんでいた。


 レポートには、貝原益軒の『花譜』の内容が、オリジナルの歴史記録とは微妙に異なっていることが記されていた。過度な杉植林の推奨は抑えられ。それが、数百年後の植生バランスに影響を与え、杉花粉の爆発的な増加とDNA変異を抑制した可能性が高いと結論づけられていた。


 そして、『養生訓』。この書物が江戸時代から広く読まれ、人々の健康意識と生命への考え方に大きな影響を与えたことが、様々なデータから裏付けられていた。病気の予防、健やかな生活習慣。それらが社会全体に浸透したことが、致死性花粉症のパンデミックを防ぐ、もう一つの大きな要因となったと考えられた。


「…そうか。ハナは、益軒を殺さなかった。殺さずに、未来を変えたのか…」


 小森は、開発したターミネーターが、自らの判断で任務を放棄し、結果的に、より良い未来をもたらしたという事実に、言葉にならない感動を覚えていた。


 彼は、研究室の片隅に置かれた、小さな花の鉢植えに目をやった。それは、ハナのデータバンクに残されていた、江戸時代のスミレのデータをもとに再現されたものだった。


「ありがとう、ハナ…」

 小森は、そっと呟いた。

「君は、ただの機械じゃなかった。君は、希望そのものだったんだ…」


 現代、福岡市、金龍寺。

 貝原益軒の墓には、今日も花が手向けられている。

 そして、その隣には、訪れる人の多くが気にも留めない、苔むした古い岩が静かに佇んでいる。


 その岩に触れると、なぜか少しだけ温かいような気がすると、寺の僧侶は語る。

 それは、未来から来て、過去を変え、そして人々の心に温かな光を灯した、一人の少女の、永遠のエピローグなのかもしれない。


 青い空の下、筑前の大地に、今日も穏やかな風が吹いている。

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