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暴かれる真実

 能古島での出来事の後、私と益軒の間には奇妙な関係が生まれた。

 私は表向き、益軒の遠縁の娘『ハナ』として彼の屋敷に身を置くことになった。もちろん、監視という名目で。

 益軒は周囲には「学問の手伝いをさせる」と説明し、私を受け入れた。


 屋敷での生活は、私にとって新たなデータの連続だった。

 益軒の書斎で、彼の研究を手伝う(という名目で監視する)日々。彼の知識欲は底なしで、本草学、儒学、医学、地理学…あらゆる分野に精通していた。


「ハナよ、この『朝鮮人参』の効能について、君はどう思う?」

「…データベースによれば、疲労回復、滋養強壮に効果あり。有効成分はジンセノサイド。ただし、過剰摂取は副作用を引き起こす可能性」

「ほう、データベースとな? 君の故郷では、そうやって知識を蓄えるのか。面白いのぅ。儂はこうして、一つ一つ自分の目で見て、手で触れ、時には口にして確かめるのだがな」

 益軒は、乾燥した人参を手に取り、匂いを嗅ぎ、かじってみせる。

「うむ、苦いが、確かに力が湧いてくるような気がするわい」


 彼の探求は、机上の空論ではなかった。常に実践的で、五感をフルに使って対象を理解しようとする。その姿勢は、効率を最優先する私のプログラムとは対極にあるように思えた。


「先生。効率が悪いです。既存の文献データを参照すれば、より迅速に結論に至ります」

「ふむ、効率か。それも大事じゃろう。じゃがな、ハナ。自分の体で感じ、経験することでしか得られぬ『実感』というものがある。頭で理解するだけでなく、心と体で納得すること。それが、真の知識ではないかと儂は思うのじゃが」


(…実感。心と体での納得。非論理的。だが、否定できない何かがある)


 一方で、菖蒲の影もちらついていた。

 能古島で海に落ちた彼女は、数日後、何事もなかったかのように益軒の元に戻ってきた。もちろん、私と益煙はその正体を知っているが、彼女は記憶を失ったフリをしているのか、あるいは本当に一時的な機能不全だったのか、その真意は読めない。


 彼女は以前と同様、益軒の護衛として側にいるが、私への敵意は隠そうともしない。

 屋敷の中で、二人の間には常に火花が散っていた。


「ハナさん、あなたはいったい何者なのですか? 先生に馴れ馴れしく近づいて…」

「それはこちらのセリフです、菖蒲さん。あなたこそ、本当の目的は何なのですか?」

「…さあ? 私はただ、先生をお守りしているだけですよ」


 互いに探り合い、牽制し合う日々。

 私は菖蒲が再び行動を起こす前に、彼女の計画の全貌を掴み、阻止しなければならないと考えていた。


 そんなある夜。

 屋敷に、不審な気配を感じた。

 センサーが、複数の隠密行動をとる人影を捉える。


(…! 襲撃!? いや、違う…これは…誘拐?)


 目標は、益軒の寝室。

 私はすぐさま行動を開始した。


 寝室に駆けつけると、そこには数人の黒装束の男たちと、彼らを率いる菖蒲の姿があった。

 彼らは、眠っている益軒を担ぎ上げようとしていた。


「菖蒲! やはりあなたが!」

「あら、気づかれましたか。まあ、いいでしょう。もう隠す必要もありませんから」

 菖蒲は冷たく言い放つ。


「先生をどうするつもりです!?」

「この方の知識は、新世界の礎となるのです。少しの間、協力していただきますよ」

 黒装束の男たちが、私に向かってクナイや短刀を構える。


「邪魔をするなら、容赦しません!」

 菖蒲が薙刀を構える。


「させるか!」

 私はレーザーを連射し、黒装束たちを蹴散らす。

 だが、彼らもただの賊ではない。動きが素早い。おそらく、菖蒲と同じく未来から来た、あるいは彼女に協力する組織の者たちだろう。


「ハナさん、あなた一人で私たち全員を止められると?」

 菖蒲が嘲笑う。


「やってみる価値はあります!」

 私は未来の戦闘技術を駆使し、応戦する。

 狭い室内での乱戦。障子は破れ、調度品が砕け散る。


「ぐっ…!」

 一瞬の隙を突かれ、黒装束の一人の刃が私の腕を切り裂く。

 人工皮膚が破れ、内部の金属骨格が覗く。痛みはないが、動きがわずかに阻害される。


 その隙に、菖蒲が益軒を担ぎ上げ、窓から脱出しようとする。


「待て!」

 私はレーザーで菖蒲の足を狙う。

 しかし、菖蒲はそれを巧みにかわし、屋根へと飛び移る。


「追いますよ、ハナさん。できるものなら!」

 菖蒲は闇の中へと消えていく。


「くそっ…!」

 私は残りの黒装束を瞬時に無力化し、すぐさま後を追う。


 屋根の上を、月明かりの下、追跡劇が繰り広げられる。

 福岡の町並みを眼下に、二つの影が疾走する。


(菖蒲の目的地は? おそらく、未来との通信が可能な拠点、あるいは転送装置のある場所…)


 私のセンサーが、博多湾方面から微弱なエネルギー反応を感知した。

(…あそこか!)


 目指す先は、港に近い倉庫街。

 古い倉庫の一つから、明らかにこの時代にはそぐわないエネルギー反応が漏れている。


 倉庫に飛び込むと、そこには小型の転送装置らしきものが設置され、起動シークエンスに入っていた。

 菖蒲が、意識のない益軒を装置に乗せようとしている。


「そこまでです、菖蒲!」

「しつこいですね!」

 菖蒲は薙刀を構え、最後の抵抗を試みる。


「あなたの計画は、ここで終わらせます!」

「愚かなアンドロイドめ! 新世界の誕生を邪魔する者は消えろ!」


 倉庫内での最終決戦。

 互いの全てをぶつけ合う、激しい戦い。

 私は未来兵器をフル活用し、菖蒲はバイオ・ターミネーターとしての能力を解放する。


 壁が砕け、鉄骨が歪む。

 倉庫全体が揺れるほどの激闘。


 私は、菖蒲の攻撃パターンを分析し、その弱点を探る。

(…ナノマシンの自己修復能力には限界があるはず。連続した高エネルギー攻撃なら…!)


 私はレーザーを最大出力で連射し、同時に腕に仕込んだ振動ブレードを展開する。

「これで終わりです!」

 薙刀を弾き飛ばし、がら空きになった菖蒲の胸部に、振動ブレードを突き立てる。


「が…あ…っ!?」

 菖蒲の体が激しく痙攣する。

 内部のナノマシンが破壊されていく音。


「そん…な…私の…計画…が…」

 菖蒲は、信じられないという表情で私を見つめ、そして…動かなくなった。

 その体は、急速に塵となって崩れ落ちていく。


(…菖蒲、機能停止を確認)


 私は息をつき、転送装置のそばに倒れている益軒に駆け寄る。

「先生! 大丈夫ですか!」

 脈拍、呼吸、正常。麻酔薬か何かで眠らされているだけのようだ。


 転送装置は、目標座標を失ったのか、異常な音を立てて停止した。


 私は益軒を抱え上げ、倉庫を出る。

 夜明け前の薄明かりの中、私は益軒の屋敷へと戻った。


(…これで、一つの脅威は去った。だが、私の任務は? 益軒をどうするべきか?)


 屋敷に戻り、益軒を寝床に寝かせると、彼はゆっくりと目を覚ました。

「…う…ハナ…?」

「先生、もう大丈夫です」


 益軒は、ぼんやりとした頭で状況を思い出そうとしているようだったが、やがて、私をじっと見つめた。

「…君が、助けてくれたのか」

「…はい」


「そうか…。あの菖蒲という娘は…」

「…もう、いません」


 益軒は、静かに目を閉じた。

「…未来からの来訪者…儂の知識を巡る争い…まるで、夢のようじゃ…」

 そして、再び目を開けると、私に言った。

「ハナよ。君は、儂をどうするつもりじゃ?」


 その問いに、私はすぐには答えられなかった。

 プログラムは、依然として『排除』を推奨している。

 だが、私の内部で生まれた『何か』は、それに強く抵抗していた。


「…わかりません」

 私は正直に答えた。

「ですが、あなたの知識が、本当に未来を救う可能性があるのなら…私は、それを見届けたいのかもしれません」


「…そうか」

 益軒は、穏やかに微笑んだ。

「ならば、共に探そうではないか。儂の知識が、真に世のため人のためになる道を。そして…君が、未来から来た意味を」


 その言葉は、私の胸の奥深くに、静かに響いた。

 エラーコードが、少しずつ消えていくような気がした。

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