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能古島の攻防と疑念

 菖蒲の正体を知った私は、行動方針の再考を迫られていた。

 貝原益軒を抹殺すれば、杉花粉の悲劇は防げるかもしれない。しかし、それは同時に、菖蒲の計画――益軒の知識を悪用した、別の未来の災厄――を利することになるかもしれない。


(…どうすればいい? マスター、小森博士なら、どう判断する?)


 答えは出ない。私のプログラムは、矛盾する情報の前でループしているようだった。


 そんな中、新たな情報が入った。益軒が数日後、船で能古島へ渡り、数日間滞在して植物採集を行うという。

 能古島。博多湾に浮かぶ、自然豊かな島だ。


(…島ならば、外部からの干渉は少ない。菖蒲との決着をつける好機かもしれない。そして、益軒本人にも、真実を問いただす…?)


 私は決意を固め、能古島へ先回りすることにした。

 小さな漁船を拝借し、島へと渡る。


 能古島は、穏やかな空気に包まれていた。段々畑が広がり、海からの風が心地よい。

 私は島の地形をスキャンし、益軒たちが滞在するであろう集落と、採集を行いそうな場所を予測する。


 数日後、益軒と菖蒲、そして数人の供回りが島に到着した。

 私は彼らの動向を監視し続ける。


 益軒は精力的に島内を歩き回り、様々な植物を観察し、記録していた。その目は少年のように輝いている。菖蒲は相変わらず冷静に周囲を警戒しているが、時折見せる表情には、以前のような人間味は感じられない。


 ある日、益軒は供回りを集落に残し、菖蒲だけを連れて島の奥深く、海岸沿いの崖地へと向かった。そこは珍しい海浜植物の宝庫だという。


(…チャンスだ。二人きり。ここでケリをつける)


 私は後を追い、崖の上から二人を見下ろせる位置に潜む。


 益軒は崖の中腹に咲く小さな黄色い花を見つけ、夢中になっている。

「おお、これは見事な『ハマベンケイソウ』じゃ! 乾燥に強く、塩分にも耐える。その生命力、実に興味深い…!」


 菖蒲は、崖の上や周囲を警戒している。

 私は息を殺し、最適な攻撃タイミングを待つ。


(…今だ!)


 私は崖を駆け下り、益軒に襲いかかる。

「先生!」

 菖蒲が叫び、薙刀を抜く。


 だが、私はそれを予測していた。

 空中で姿勢を変え、菖蒲に向かって特殊な装置を発射する。


 ピュン!


 装置は菖蒲の懐に吸い込まれるように付着した。

「!?」


 それは、強力な指向性超音波を発するデバイスだ。人間の可聴域を超えた高周波が、菖蒲の強化された聴覚と神経系を直接攻撃する。バイオ・ターミネーターの弱点を突いた攻撃だ。


「ぐ…あ…ぁぁ…!」

 菖蒲が頭を押さえて苦悶の声を上げる。動きが鈍る。


(効果あり!)


 私はそのまま益軒に迫る。

「な、何をする!」

 益軒は驚き、持っていた植物標本を投げつけて抵抗しようとするが、無意味だ。


 私は益軒の腕を掴み、動きを封じる。

「あなたに聞きたいことがある」


「は、離せ! 儂に何を…!」

「なぜ『花譜』を書いたのですか? なぜ人の手で自然の姿を変えることを推奨したのですか? それが未来に何をもたらすか、考えなかったのですか!なぜ、杉の植林方法を記したのですか!」

 私は問い詰める。その声には、自分でも気づかないうちに、強い感情が込められていた。


 益軒は私の剣幕に押されながらも、毅然として答えた。

「『花譜』は、儂が見てきた草木の素晴らしさ、その有用性を多くの人に伝えるために書いたものじゃ! 杉は成長が早く、材木として有用であり、治水にも役立つと考えたからじゃ! 未来のことなど…儂にわかるはずがなかろう!」


「その結果、数百年後の人々が苦しむことになったとしても!?」

「なっ…! そ、それは…」


 益軒は言葉に詰まる。彼の表情には、困惑と、そしてわずかな苦悩の色が見えた。


 その時。

「…邪魔、ですね」

 苦悶から回復した菖蒲が、薙刀を構えて迫ってきた。超音波デバイスは破壊されたようだ。


「あなたには関係ない!」

 私は益軒を庇うように立ち、菖蒲と対峙する。


(なぜ? なぜ私は、ターゲットであるはずの益軒を庇っている?)

 自分の行動に混乱する。


「旧式アンドロイドが、人間の真似事ですか? 滑稽ですね。どちらもここで排除します」

 菖蒲は冷徹に告げ、斬りかかってくる。


 崖の上での、二人の未来からの来訪者の戦い。

 薙刀と未来兵器が激突し、火花と岩片が飛び散る。


 益軒はその戦いを、ただ呆然と見つめていたが、我にかえり何かを決意した。


「くらえっ!」

 益軒は袋から取り出したキノコを菖蒲に向かって投げつけた。

 菖蒲にぶつかり細かい粒子が宙を舞う。


「儂が育てた特殊なキノコじゃ。その胞子は猪も昏倒させる!」


「!?」

 菖蒲は咄嗟に口元を覆うが、わずかに吸い込んでしまったようだ。

「ぐ…体が…!」

 動きが明らかに鈍くなる。


(成功!)


 私はその隙を見逃さず、渾身の蹴りを菖蒲の胴体に叩き込んだ。

「がはっ…!」

 菖蒲は崖から海へと落下していった。


 ザッパァァン!


 大きな水柱が上がる。

 私は崖下を見下ろす。菖蒲の姿は見えない。


(…倒した? いや、あの程度で破壊できる相手ではないはず。だが、一時的に戦闘不能にはなった)


 私は息をつき、益軒に向き直る。

 益軒は、まだ呆然とした様子で私を見ていた。


「…お嬢ちゃん。君は、一体…」

「私は、あなたのせいで滅びゆく未来から来た存在です」

 私は静かに告げた。


「儂の…せいで…?」

「あなたの『花譜』によって、人々は杉を増やしすぎた。その結果、未来では致死性の花粉毒が蔓延しているのです」


 益軒は言葉を失い、その場に膝をついた。

「そ…そんな…馬鹿な…。儂は、ただ、良かれと思って…」

 彼の顔は蒼白で、深い絶望に打ちひしがれているように見えた。


 私は、その姿を見て、再び胸の奥が軋むのを感じた。

 彼を責めるために真実を告げたはずなのに、なぜか、達成感はない。むしろ、別の感情が湧き上がってくる。


(…これが、『罪悪感』?)


「…ですが」

 私は続けた。

「未来を変える方法は、あなたを殺すことだけではないのかもしれない」


「え…?」

 益軒が顔を上げる。


「さっきの菖蒲…彼女も未来から来た。彼女は、あなたの知識を悪用しようとしていた。あなたを殺せば、彼女の計画を助けることになるかもしれない」


「あ、あの娘も…未来から…? いったい、どうなっておるんじゃ…」

 益軒は混乱している。


「だから、私は決めました。あなたを殺すのではなく、監視します。そして、あなたの知識が、本当に未来のためになるように…導く」

 それは、私のプログラムにはない、完全にアドリブの言葉だった。


 益軒は、私の目をじっと見つめた。

「…儂を、監視する…? 儂の知識を、導く…?」


「はい。それが、今の私が出した結論です」


 益軒はしばらく黙っていたが、やがて、ふっと息を吐いた。

「…わかった。信じよう。君の言葉を。そして、君という存在を」

 その目は、先ほどの絶望から一転し、強い意志の光を宿していた。

「儂も、知りたいのじゃ。儂の知識が、本当に未来を滅ぼすのか、それとも…救う道があるのか」


 私たちは、崖の上で、しばし無言で見つめ合った。

 海からの風が、二人の間を吹き抜けていく。


(…これで、いいのだろうか? マスター…)


 私の内部では、まだエラーコードが点滅していた。

 だが、同時に、新しいプログラムが生成され始めているような、そんな予感もあった。

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