追跡者と護衛者
最初の襲撃から数日。私は潜伏し、情報収集と次の襲撃計画の立案に時間を費やしていた。
菖蒲というイレギュラーな存在。彼女の監視を掻い潜り、確実に益軒を仕留める方法を模索する。
(ターゲットの行動パターン分析…藩の用務、講義、研究、そして…植物採集。特に後者は、護衛が手薄になる可能性がある)
データベースと、町での聞き込み(より自然な会話をシミュレーションし、怪しまれない程度に実行)から、益軒が近々、太宰府へ植物採集に出かけるという情報を得た。太宰府天満宮周辺は、多くの植物が自生していることで知られている。
(…チャンスだ。太宰府で、再度襲撃を実行する)
私は太宰府への経路をスキャンし、最適な待ち伏せポイントを割り出した。
当日、私は再び町娘の姿で太宰府へ向かった。
太宰府天満宮は、参拝客で賑わっていた。梅の花が咲き誇り、甘い香りが漂っている。
私は人混みに紛れながら、センサーで益軒と菖蒲の姿を探す。
(…発見。天満宮の裏手、梅林へ向かう道。ターゲット、益軒。護衛、菖蒲。…やはり同行しているか)
益軒は、腰に下げた袋に熱心に植物を採取している。その表情は真剣そのものだ。菖蒲は、周囲を警戒しながら、少し離れて益軒を見守っている。
私は気配を消し、梅の木の陰に隠れながら、ゆっくりと距離を詰める。
今回は不意打ちを狙う。菖蒲に反応される前に、一撃で決める。
(射線確保。ターゲット、ロックオン)
右手のレーザーを起動。エネルギー充填。
だが、その時。
「そこのお嬢ちゃん」
不意に声をかけられた。振り返ると、益軒が私を見ていた。
しまった。接近しすぎたか。
「…何か?」
感情を抑え、平静を装って答える。
「いや、見ない顔じゃと思ってな。どこから来たのかの?」
益軒は、警戒する様子もなく、穏やかな笑みを浮かべている。
「…旅の者です」
「ほう、旅の。この太宰府には、何か目的があって?」
「…特に。ただ、通りかかっただけです」
(…まずい。ターゲットに認識された。計画変更。会話を利用して油断を誘い、接近して仕留める)
「そうかそうか。この辺りは珍しい草花も多い。儂は貝原益軒という者じゃが、薬草や草花の研究をしておってな」
益軒は、採集したばかりの小さな紫色の花を私に見せた。
「これは『スミレ』じゃ。小さくとも、健気に咲く姿は心を和ませる。薬効もあるのじゃよ」
「…興味ありません」
私は無機質に答える。
「はっはっは、そうか。つれないのぅ」
益軒は気を悪くした様子もなく笑う。
「だがな、お嬢ちゃん。道端の草花一つにも、生きるための知恵と力が詰まっておる。ただそこにあるだけでなく、互いに関わり合い、助け合って生きているのじゃ。それを知ることは、儂ら人間がどう生きるべきかを知る手掛かりにもなる」
(…生命の相互作用。生存戦略。理解はできる。だが、それがターゲット抹殺の妨げになるなら、無価値な情報)
「そんなことより、あなたは死ぬべき存在です」
私は低い声で告げた。
「…な、何を言うか、お嬢ちゃん!」
さすがに益軒の顔色が変わる。
その瞬間、鋭い気配と共に菖蒲が間に割って入った。
「先生から離れなさい!」
薙刀が鞘走る音。
「…また、あなたですか。邪魔です」
「あなたこそ、なぜ先生を狙うのです! 理由を話しなさい!」
菖蒲が叫ぶ。
「理由を話したところで、理解できないでしょう。あなたはただ、私の任務遂行を妨げる障害物です」
私はレーザーを構える。
「問答無用というわけですね!」
菖蒲も薙刀を構える。
梅の花が咲き乱れる中で、再び対峙する二人。
周囲の参拝客が何事かと遠巻きに見ている。
「ここでの戦闘は望ましくない…場所を変えます!」
菖蒲が言い、益軒の手を引いて走り出す。
「待て!」
私は追跡を開始。
太宰府天満宮の境内を舞台にした追跡劇が始まった。
石段を駆け上がり、回廊を走り抜け、梅林の中へ。
菖蒲は地形を巧みに利用し、私との距離を取ろうとする。
「逃がしません!」
私はレーザーを連射し、菖蒲の足を止めようとする。
ドッ! ドッ!
レーザーが地面や木々を穿つ。
「くっ!」
菖蒲は身を翻し、レーザーを回避しながら逃げる。
(…速い。だが、私の機動力には及ばない)
私は加速し、一気に距離を詰める。
梅林を抜け、裏手の小高い丘へ。
「ここまでです!」
菖蒲が振り返り、薙刀を構える。
「観念しろ」
私も戦闘態勢に入る。
「先生、どうかご無事で!」
菖蒲は益軒を背後にかばうように立つ。
「菖蒲! 無茶じゃ! わ、儂も何か…!」
益軒が慌てて何かを探すが、彼には戦う力はない。
「いいえ、先生は下がっていてください! ここは私が!」
菖蒲の覚悟が決まった目。
私はレーザーと格闘術を組み合わせ、菖蒲に猛攻を仕掛ける。
菖蒲も、人間離れした技で薙刀を振るい、必死に応戦する。
ガギン! バキッ! ドゴォッ!
金属音、木々の砕ける音、打撃音が梅林に響き渡る。
「はぁっ!」
菖蒲の薙刀が私の肩を掠める。浅い傷だが、衝撃で体勢がぶれる。
「ぐ…!」
その隙に、私は掌底を菖蒲の胸に叩き込む。
「きゃあっ!」
菖蒲が吹き飛び、地面を転がる。
「菖蒲!」
益軒が悲鳴に近い声を上げる。
(…チャンス!)
私は倒れた菖蒲にとどめを刺そうと、レーザーを向ける。
その時。
「やめろぉぉぉっ!!」
益軒が叫びながら、私の前に飛び出してきた。
手に持っていたのは…根ごと引き抜かれた、名も知らぬ雑草。
「なっ…!?」
私は咄嗟にレーザーの発射を止めた。
「こ、これを使え! この草の汁には、虫を呼び寄せる強い匂いがある! これをあの者に!」
益軒は、その雑草を菖蒲に向かって投げ渡した。
「先生…!?」
菖蒲は驚きながらも、咄嗟にその草を受け取る。
「そ、その汁を敵に塗りつけるのじゃ! そうすれば…!」
(…虫? 虫フェロモンによるマーキング。なるほど、植物の知識を利用した戦術か。面白い)
だが、そんなものが私に通じると思うな。
私は再びレーザーを構え、益軒ごと撃ち抜こうとする。
「させるかぁっ!」
菖蒲が立ち上がり、雑草の汁を握りしめた手で、私に向かって突進してきた。
薙刀は使わない。捨て身の攻撃だ。
私はレーザーで迎撃しようとするが、菖蒲の動きが速い。
「うおおぉぉっ!」
雄叫びと共に、菖蒲の手が私の腕に触れた。
雑草の青臭い汁が、私の装甲に付着する。
同時に、菖蒲の蹴りが私の腹部に入った。
「ぐぅ…!」
衝撃で後退する。
「やった…!」
菖蒲が息を切らしながら呟く。
次の瞬間。
ブゥゥゥン…
どこからともなく、羽音が聞こえ始めた。
最初は小さく、だが、瞬く間に数を増していく。
蜂だ。大型のスズメバチのような蜂が、私を目掛けて集まってきたのだ。
(…なるほど。この地域の蜂はこの匂いに強く反応するのか。計算外だ)
蜂の大群が私を取り囲み、襲いかかってくる。
装甲があるため刺されることはないが、視界を塞がれ、動きを阻害される。鬱陶しい。
「今です、先生! 逃げてください!」
菖蒲が叫ぶ。
「し、しかし…!」
「早く!」
益軒は一瞬ためらったが、菖蒲に促され、丘を駆け下りていく。
(…ターゲットを逃がした。だが、この女は仕留める)
私は腕を振り回し、鬱陶しい蜂を振り払う。
「無駄です!」
菖蒲が再び薙刀を構え、斬りかかってくる。
蜂に動きを制限されながら、私は菖蒲の攻撃を捌く。
不利な状況だ。
(…一時撤退。マーキングされた以上、この場に留まるのは危険)
私は判断し、跳躍。
蜂の群れを強引に突破し、太宰府の森の奥深くへと姿を消した。
「待ちなさい!」
菖蒲の追ってくる気配はない。深追いはしない判断か。
(…またしても失敗。ターゲット排除ならず。護衛者、菖蒲の戦闘能力、そしてターゲット、貝原益軒の知識…どちらも想定以上。作戦の見直しが必要)
森の中で雑草の匂いを洗浄しながら、私は思考する。
貝原益軒。彼はただの学者ではない。彼の持つ植物に関する知識は、戦闘においても有効な武器となり得る。そして、彼はそれを躊躇なく、私という『敵』を排除するために使った。
だが、同時に、彼は身を挺して菖蒲を庇った。雑草を武器として渡した。
それは、単なる効率主義者とは異なる行動。
(…ターゲットの人格データ、修正。複雑な要素を持つ個体。理解不能)
そして、あの雑草。あの瞬間、私のシステムはなぜレーザーの発射をためらったのか?
ターゲットごと撃てば、任務は完了したはずだ。
プログラムのエラーか? それとも…。
私の内部で、何かが軋むような感覚があった。
それは、これまで感じたことのない、奇妙な感覚だった。