第六十七の魔法「準備」
次の日を待たずして、各クラスは催し物についてクラス会議を開いた。
ユートピア祭。そう命名されたこの行事は各クラス、やる気を見せずに入られなかった。
もちろん、クロのクラスでも。
「さぁ、まずは何をするか決めようか。誰か意見のある人」
教卓にはクラス委員長のエリエルが司会をしていた。ただ、クラスの皆はざわついているだけで、何がしたいという明白な意見は出てこなかった。
「意見のある人だけ喋ってね?んで挙手お願い」
その言葉で、一同静まり返ってしまった。エリエルは面倒見が良くて気配りも出来る。姉御肌の性格だ。ただ、怒らせると、何をするか分からない。一度本気で怒ったときには机が真っ二つになってしまった。それ以来、誰も彼女を怒らせたくないと思った。だから、彼女の低い、冷静な声で言うことは絶対に守らなければならない。怒ろうとしている前兆だから……。
「誰もいないの?さっきまであんなに喋っていたのに」
左右の拳の指を鳴らす。これは、危険信号だ。エリエルが本気を出すときの。
授業で一度、体力測定を行った。魔術師にも単純な力は必要らしい。その授業で遠投を行ったエリエルの球は結局見つからなかった。何処まで飛ばしたのか、何処にそんな力があるのか分からないけど、その球を投げる前にも、指を鳴らしていた。
以来、それは危険信号となっていた。
殺伐とした雰囲気のなか、一人の少女が手を上げた。
「はい、ローザ」
「あの、喫茶店とか……どうかな?」
ゆっくりとだが、自分の主張をしたローザ。
「喫茶店かぁ。よく街で見かけるけど……」
「机とテーブルもあるし、メニューもすぐ作れそうなものにしたら、楽しく出来るんじゃないかなって……」
「そうね。誰か他に意見のある人」
誰もが黙っていたが、徐々に賛同の声が広がって言った。再び、騒がしくなるクラス。そして聞こえる指の鳴る音。
「静かにして。まとまらないでしょ?」
声は明るいが、顔は全く笑っていない。
「じゃあ、喫茶店で決まりでいいかな?」
その言葉の後には、拍手がクラス中に響いた。
クロのクラスは準備に取り掛かった。やることが決まってから、エリエルの指示は実に手際が良かった。生徒一人一人に的確に指示を出していく。
「どうかした?クロ。浮かない顔しているけど」
「……」
「クロ?」
「えっ、どうかしたか?」
「なんか変だよ、アンタ。何かあった?」
「いや……別に」
とても言えたようなものではない。
「そういえば、ローザはどこいったの?」
「ん?いや、見てないけど」
「さっきまで居たのに、どこいったんだろ?」
「喋ってないで手を動かそうか」
とっさに後ろから声をかけられた。声の聞こえた方へと振り向く。予想通り、エリエルだった。
「あのさ、ローザは何やってんだ?」
「あぁ、ローザならちゃんと仕事してもらっているわよ。ちょっと特別だけど……」
そう言ったエリエルの表情は少しだけ笑っているようにも見えた。
「特別?」
「そう、多分あの娘じゃないと出来ないことだから」
意味深な言葉を残してエリエルは仕事に戻った。
「なぁ、サフィラ。今のどう思う?」
「特に気にすることじゃないんじゃないの」
気楽に考えているサフィラを横目に何だか嫌な予感がしてならなかった。
「ねぇ!クロ!」
また、後ろから声が聞こえる。マルグリットだった。
「アンタ、レクス様知らない?」
「は?何で俺が知ってるんだよ?」
そう言うとマルグリットは納得したかのように。
「それもそうね。見かけたら一言ちょうだいね~」
気楽に言ってくる。あの一件以来、喋ることはおろか面と向かったことすらなかった。同じ教室にいるのに、どうしても見ることが出来ない。後ろめたさなどがあるわけではないが、どこか後味の悪い感じが残っている。