第六十六の魔法「着任式」
二年生による合同実演の日から数日が経っていた。新入生も徐々にではあるが、ユートピアにも慣れ始めてきた頃。
朝早くから、クロは目の前にあるケースと睨めっこしていた。何時届いたのか分からないが、差出人、というか貼ってある紙にはこう書いてある。
「ケーニッヒより」
考えただけでも、背筋に悪寒が走る。果たして、自分に似合うだろうか……。女らしさなど、自分には皆無だと知っている。けれども。
恐る恐る伸ばす手。ケースに触れたその時。
「おはよう、クロちゃん」
寝室のドアから、ローザが姿を見せた。その言葉で、心臓が跳ね上がるほどの衝撃を抑えて必死にケースを隠す。
「よ、よぉ。おはようローザ」
「ん?どうしたの?」
「べ、別に!何でもねぇよ!」
「そお?あれ?」
気付かれたか?でも、今気付いても中身は出ていない。大丈夫だ。
「そのケースどうしたの?」
さっそく聞かれた。ここまでは予想内。しかし、どう答えるべきか……。
「あー、えっとなぁ……。内緒だ……」
「ふーん、内緒なんだぁ」
「そう、内緒」
「わかった」
そう言うと、ローザは洗面台へと向かって行った。ローザが朝弱くて助かったと、本気で思った。
全校集会が開かれることになったのは、今朝いきなり決まったそうだ。教師の何人かも驚きを隠せないでいた。
本日の集会の目的は、学科最高責任者の後継者が決まったということ。ただ、会場は不穏な空気に包まれていた。
その男は、シュルヴィーヴルから来た男だそうだ。一身上の都合でユートピアにやってきた男だが、問題は風貌にあった。
規則の厳しいシュルヴィーヴルにおいて、腰まである金色の髪。左の頬には刺青。ド派手な柄のコートを羽織り、背中には地面すれすれまでの大きさの指揮棒らしきものを背負っている。
充分、怪しかった。こんな男に学科最高責任者が務まるのかと、生徒全員が思っていた。
「あーあーあー」
マイクの音量をテストした男は、マイクを右手に持ちながら教壇の前に出た。
「どうも、ゼロだ。よろしく」
いきなりの挨拶で敬語は使わなかった。はじめましても言わずに、まるで自分のことを知っている人間に挨拶するような言い方だった。
「まず、生徒に言いたい事がある」
自己紹介かと思いきや、話が始まるようだ。
「お前たちには、夢があるはずだ。それは、人それぞれだろう。だけど、少なくとも、このユートピアに入学しているのなら当然、夢を叶えるためにジュルヴィーヴルに入隊しなければならない」
ゼロはまだ、話を続けた。
「誰かが言っていた。夢を叶えるには幾つかの山を登らなければならない。その一つ一つの山には頂上があり、その頂上へ辿り着くことが夢の第一歩だと」
ゼロは、人差し指を天に向ける。
「少なくとも、このユートピアにいる時に登っている山の頂上にあるのは、シュルヴィーヴルへの入隊だ。ならば、お前たち生徒は俺を目指せ。俺も数年前までこのユートピアの生徒だった。そして、俺は三年のとき首席でユートピアを卒業した。いいか、お前たちの登っている山の頂上には俺がいる。俺を超えられるように、俺と並べるように、このユートピアでの時間を有意義に過ごせ。以上だ」
言い終わるとゼロはそのまま教壇を後にしようとした。降りる直前で再び教壇の前まで戻り
「言い忘れたが、俺がこのユートピアに来たことを祝して祭りを行う!各クラスが催し物を開き、盛大に祝え!いいなっ!開催は二週間後だ。もちろん、様々な賞も用意してある!豪華なプレゼントもあるので、よろしく!」
これが本当に最後だと言う様にマイクを置き、教壇からゼロは降りた。