第五十七の魔法「絶対負けない」
もはや、手加減は出来ない。このまま斬り続けられればいつかは意識が吹っ飛ぶ。そうなったら、負けも同然だ。
斬られ続けるなか、クロは目を瞑り、呼吸を整える。時間にして約五秒。
その五秒が過ぎた瞬間。クロは姿を消した。メギストンの心臓にはメルキュールの足跡以外、何も聞こえない。
不思議に思ったメルキュールは、中央部分で足を止める。足からは微弱だが、焦げ臭い匂いがする。
「何処に行ったの?もしかして、逃げたのかしら」
「後ろだ!メルキュール!」
その、ケーニッヒの言葉を素直に聞く。振り向いた瞬間、背筋に戦慄を覚えた。
すぐさま、距離を取る。自分の真後ろにいるのがクロだと分かるのに、数秒掛かった。
顔に黒い十字模様。漆黒の瞳。全身から発せられている黒い何か。メルキュールには、到底、理解できるものではなかった。
「時間が無いからね、一気に行くわよ」
その言葉の後、鳩尾に衝撃が走る。クロの右腕がメルキュールの鳩尾を殴っていた。
「オ……ァ……」
声にならない声を口から嗚咽の様に吐き出す。前のめりになった頭に回し蹴りをまともに喰らった。
勢いよく吹っ飛ばされたメルキュールは腹部を押さえながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。
「ヒュー……ヒュー」
今まで受けたことの無いような痛み。全身に衝撃が走るほどの一撃。先程までのクロとは別人のように思えていた。
「なんなのよ、一体」
手に思うように力が入らず、ルーンを持つことだけで精一杯のメルキュール。クロが歩を進め、徐々に近づいてくる。
「アナタが、どうして私に恨みを持っているのか、なんとなく分かったわ。だけど、それは闘いが終わってから、ゆっくり話し合いましょ?今は、闘いに集中するべきよ」
クロは右手を横に突き出す。黒い力が右腕に集中する。やがて、黒い力は大きな手へと姿を変えた。
クロが手を握れば、大きな黒い手もクロの手と連動するように、手を握る。感触を確かめるように、何度もグーとパーを繰り返す。
「うん、いい感じ。じゃあ、いくわよ」
クロが構える。しかし、クロが動き出す寸でのところで、メルキュールが再び加速を開始した。
「私は絶対、負けない!」