第五十六の魔法「エトワール」
「次は、本気の本気。誰も見たことのないスピードでアナタを倒す」
力なく両手をぶら下げ、左にゆっくりと体を揺らす。右に揺らした一瞬で、メルキュールはその場から消えた。
「なっ!どこ行った!」
クロは辺りを見渡すが、メルキュールの姿は無い。すると、クロの周りから地面を蹴る音が聞こえてくる。徐々に、間隔が短くなり、蹴る音も強くなっていく。
右側の地面が激しく砕ける音を発した。それと同時にクロの右肩に激痛が走る。
「ぐっ!」
右腕を押さえると、今度は左手、右足、左足、胴体と、体の至るところを斬りつけられていく。
メルキュールの圧倒的なスピードは、視覚を黒い力により研ぎ澄まされたクロでもついていくことは出来なかった。
観客席から見る景色は不思議そのものだった。地面を蹴る音だけが響き、メギストンの心臓にいるクロが踊っているようにも見えている。
体の至るところが紫に変色する。魔法を使っていなければ既に死んでいる傷の量だった。それでも、クロは倒れなかった。
守るべき、約束のために。一方的だけど、自分で決めた約束。
副将対副将の闘いが始まって、まだ十分。すでに勝負は付いたようなものだ。騎士の副将のスピードに対する魔法学科の副将は見る事さえも難しい状況。
もっと、面白い展開が待っていると思ったのだが……。拍子抜けの一言だ。先鋒や次鋒の方が良い闘いをしていると言える。
それに、魔法学科の副将はなんて格好をしているんだ。女の子なら女の子らしく可愛らしい服装をするものだ。時代遅れの学生服など、それに男子用を着るなど言語道断だ。
言葉遣いも悪い。さっきから聞いていれば、まるっきり男言葉ではないか。女性はもっと慎ましくだな……。
途端、会場の雰囲気が変わる。観客席のざわつきがハンパではない。
メギストンの心臓に目を向けると、魔法学科の副将の様子がおかしかった。
黒い……何かが確認できる。先程から使っている魔法。弾丸のように飛ばしたりしているだけだったあの黒い何かが、今度は体全体に纏わり憑いている。それを見たゼロは確信した。
「おい、ばあちゃん」
「どうしたの?ゼロくん」
「あれは、何だ?」
「ああ、あのクロって生徒が見つけた新しい魔法らしいわよ」
新しい魔法……。違う。アレはもっと、面倒なものだ。それも昔からの魔法。
「エトワールの残した物……か」
「何か言ったかしら?」
「ばあちゃん、ヴァローナに伝えといて。学科最高責任者の任、快く受けるってさ」
「あら、そう。それは嬉しいわ」
見つけた。この世界を正しい方向へ導く。可能性に満ちた力を。