第五十四の魔法「お前が嫌い」
クロは深呼吸を始めた。去年とは話が違う。自分の力を、本当の力を試すときが来たのだ。緊張はしていない。逆に会場の雰囲気と同調するように気分は絶好調だった。
「女か……」
その言葉が耳に入り、ソーマを睨みつける。
「何か文句でもあるのかよ?」
「別に」
明らかに見下している発言だった。だったら、本気を見せてやる。
そして、ヴァローナの合図が聞こえた。
先手必勝。クロの考えは去年とは変わっていない。黒い力を右手に集中させる。
思い切り前に突き出すと、訓練の通りに黒い力が塊となってソーマに襲い掛かる。
だが、予想外のことが起こった。ソーマは一歩も動けずに直撃を間逃れなかった。
勢いよく吹っ飛び、壁に激突する。そのまま正面から地面に崩れ落ちる。
一瞬の静寂、クロはまだ突っ立ったままだった。こんなに、強い力だったのかと、クロは自分でさえも驚いていた。
「勝者、クロ!」
その言葉でハッと我に返る。そして、歓声がクロを包み込む。
やがて、光の壁が開放されてケーニッヒがソーマを抱える。
一瞬、二人の眼が合う。だが、何も言わずにケーニッヒは振り返り、騎士側へと帰っていった。
今は敵同士ってことか…。
「まったく……俺に噛ませ役をさせるなんてな……。この貸しは大きいぞ」
「分かっている。無理言ってすまないね」
「お前のことだ。何か訳があるからだろ?」
「ご名答」
「どんな理由か知らないが、この実演は絶対に勝てよ」
「ああ」
ケーニッヒと入れ替わるようにしてクロの次の対戦相手であるメルキュールが姿を現した。
綺麗な人。それがメルキュールの第一印象だった。とても同年代とは思えないほどの綺麗な顔。ただ歩いているだけでも分かる様な上品な出で立ち。
程なくして光の壁が二人を囲む。すると、メルキュールが剣をクロに向け、こう言った。
「私は、お前が嫌いだ」
「は?」
その次の瞬間、メルキュールは一気にクロに近づく。そして、腹部に突きを一閃。
間一髪避けたクロ。メルキュールはすり抜けるようにして後ろへと走り去る。
「てめぇ、いきなり何すんだ!」
答えようともせずに、メルキュールは更に襲い掛かる。
尋常ではないメルキュールのスピードと突きの威力を察知したクロは足に力を発動させ距離を取ることにした。足に発動させれば通常の三倍の脚力を得られる。
だが、それでもメルキュールとの距離は縮まらなかった。逆に狭まってきている。光の壁で造られた空間の中では満足に距離をとることは出来なかった。
なら、迎え撃つだけだ。今度は腕に力を集め、黒い弾丸を数発、メルキュール向けて撃ち込む。
一発、二発と避けていくメルキュールだが、三発目には真正面を捉えられた。メルキュールはスピードを落とし、愛剣「ルーン」で黒い弾丸を受け止める。
威力が高いため、徐々にだが、後ろに引きずられていく。これ以上モタモタしていれば追撃の機会を与えてしまう。メルキュールはそう判断して、両手に力を込め弾丸を上へと弾き飛ばす。
すぐに体勢を立て直し、クロの方へと向き直る。二人の距離はおよそ10m離れていてお互いをけん制している状態になった。
「さっきの言葉、どういう意味だ?」
「どういう意味、って?」
「『俺のことが嫌い』って言葉だ。アンタとは初対面だろ?」
「初対面とか、関係ない。アンタは私の大切な人を奪ったんだ!」
「大切な人って……誰だよ?」
少しの間の後、メルキュールはある人物の名前を口にした。
「……レクスのことよ」
「は?」
「お喋りはここまで。試合再開と行くわよ」
「おい、ちょっと待て……」
クロの言葉を聞く前に再びメルキュールはトップスピードでクロに接近する。