第五の魔法「落ちこぼれの闘い」
合同実技訓練・実演の代表者に指名された私にはクラスのこと、そして魔術師と騎士の意地を見せるための闘いだなんてどうでもよかった。ただ、自分のため、友達のために、この闘いに勝つ。
合同実技訓練も残るのは実演のみ。実演の時間は刻一刻と迫っていた。
「では、これより最終項目である実演に入る。魔法・騎士学科から各一名ずつ代表者による一騎打ちを行う。日ごろの授業や訓練の成果を存分に発揮するが良い」
騎士側から出てきた男を見たとき、力任せなイメージがあった。スキンヘッドに厳つい顔。大きな、雄叫びにも似たような声をあげ前に出てくる。その姿を見ただけでこちらの生徒から溜め息がこぼれる。男と女で分が悪いのに私はクラスで一番出来の悪い生徒。溜め息が出て当然だと思った。
「諦めたりなんかしたら許さないわよ」
サフィラが声をかけてくれる。サフィラなりに気を遣って言ってくれた言葉だろう。
「間違って殺すなよ」
相変わらず皮肉のように言ってくるトラゴス。二人の言葉で肩の力がすっと抜けた。負けるためだけに闘う奴なんかいない。どうせ闘うなら勝つことを考えよう。
「魔法学科クロ。騎士学科モンストロ。中央へ」
三年最高責任者のエテレインの合図で私は足を前に出す。魔法・騎士両学科の一年主任のアスワドとフィリップ先生もエテレイン先生の両脇にいる。その時アスワドが棒の様なものを持ち、何か言ったような気がしたけど、すでに闘いは始まっていた。鋭い目を更に尖らせ、相手を威嚇する。騎士の男も負けじと睨み返して来る。
「まるで獣同士だな」
トラゴスがまた皮肉を言った。それを合図にしたかのように
「はじめぇ!」
号令が始まった。
「オラァ」
先手必勝。モンストロの顔面を思いっ切り殴った。意表を付かれたのかまともに喰らい地面に倒れこむ。よく見れば剣すら抜いていないことに気付いた。静まり返った後、周りから大きな笑い声が聞こえた。
「マジかよあの女。グーで殴ったぞ」
「本当に魔法学科の奴かよ。魔法使えよ」
周りの声を聞いているうちにちょっと恥ずかしくなってきた。フィリップ先生もエテレイン先生も少しばかり笑いを堪えていた。
「バカ野郎!指揮棒も持たんと何やってる!」
アスワドのおっさんに頭を殴られ変な棒を渡される。
「魔法学科の生徒なら指揮棒くらい持たんでどうする!」
「何だ?指揮棒って?」
その言葉の後、更に笑い声が激しくなった。魔法学科からは何やら暗いムードが漂ってくる。
「クロの奴、昨日の授業に出ないから。もう終わりだ・・・」
「指揮棒ってのは自分の魔力を集中させる時に使う棒のことだ!よく覚えておけ!」
「へぇ~」
アスワドのおっさんから指揮棒とやらを貰い、仕切り直す。モンストロも剣を抜き、構える。鼻血が出ている顔は怒りに染まっていた。
「ゴホン。では改めて開始!」
「オリャア!」
殴られた借りを返すように突っ込んでくる。振り下ろされた剣をかわそうとしたが時間が無かった。仕方なく手に持っていた指揮棒で受け止める。指揮棒はその役目を果たすことなく無残にも真っ二つに割れた。
「あらら」
モンストロは剣を振り回しているが、間一髪の所でかわし続ける。騎士と呼ぶのが嫌になるぐらいだった。
「おい、モンストロ。情けないぞ。女相手になめられて」
「うるせぇよ!チッ。女のくせに男の制服着やがって。変な奴め」
「あ?」
疲れたのか、或いはバカにされたのが気に障ったのか、モンストロは剣を止め喋り始めた。
「お前みたいな奴は目障りなんだよ。滅んだ種族の生き残りらしいがお前も死んでいれば良かったんだよ!」
そこから先、私はよく覚えていなかった。ただ、心の奥から声が聞こえた。
憎め。そう、聞こえた。
「アンタに何がわかるってんだ。皆のこと侮辱しやがって・・・」
制服を脱ぎ、帽子も外した。
自分の名前と同じ黒色の髪が風に揺れた。
そこまでは覚えていた。そこから何をしたのか、覚えていない。自分の意思ではない何かが自分の体を動かしたような感じだった。
クロはモンストロに向かって走った。その眼は、ただ獲物狙う獣のようだった。モンストロも反応し、剣を振り下ろす。その剣をクロは手で受け止めた。その手は禍々しい黒で染まっていた。手に力を込め、剣を粉々に砕く。ガラス細工のように跡形も無く砕け散った。そして、クロはそのままの手で拳を作りモンストロの顔面を再び殴った。
大の字に倒れこみ意識を失ったモンストロ。未だ、眼光は鋭く光っている。
「勝者!魔法学科クロ!」
魔法学科から歓声の声があがる。しかし、それがクロの耳に届くことは無かった。