第四十八の魔法「重詠唱~負けられない闘い~」
アヴァンサルは大剣を持ち、思い切り振り下ろす。動作が遅いため、難なく避けるトラゴス。しかし、振り下ろされた大剣により、地面は砕け、石つぶてがトラゴスを襲う。
「パワーバカめ」
石つぶてを避けるトラゴスの視界に剣を持ち構えたアヴァンサルが移る。初手を見ていたトラゴスはアヴァンサルの武器の弱点を見抜いていた。
大きい武器ほど破壊力はあるが、スピードは無く、連携も不可能に近い。ギリギリの所で攻撃をかわし、隙を見て渾身の一撃を打つ。すでに詠唱を始めたトラゴス。シミュレーションは完璧だった。横への薙ぎ払いだと感じ、バックステップで距離を取ろうとする。
しかし、トラゴスはかわすことが出来なかった。初手よりも速いスピードで繰り出された大剣の一撃をまともに喰らった。
派手に吹っ飛ぶトラゴスを見て、アヴァンサルは大きな声を出し笑った。
「ぐ…」
何とか立ち上がるが、腹部に激痛を感じ、立膝をつく。どうやら先程の一撃で肋骨が数本折れてしまっている。
「骨が逝ったか?痛そうだけど」
「さっきの半分正解は、どうやら本当のようだな」
「あれ?ばれちゃった?」
「まともに喰らったんだ。嫌でも分かるさ」
「アンタが思っている通りだ。この大剣・ベガルタは二つの役割を持っていてだな、柄から半分までは殴打に特化して、そっから切っ先までは斬撃用に分かれている武器だ。どうだ、カッコイイだろ?」
「随分とペラペラ喋る奴だな。そんなに自慢したいか?」
「まあね。やっと申請できて今日が初のお披露目だからな」
「そうかい、だけど、残念だったな。お披露目と同時にアンタは負けるぜ?」
「君にかい?」
「他に誰がいる。お前は負けるんだよ」
「いいねぇ、気に入ったよ。じゃあ、試合再開と行きますか!」
アヴァンサルの猛攻が始まる。大剣をいとも簡単に操り、徐々にトラゴスを追い詰める。しかし、トラゴスは魔法を使わなかった。
何度も危ない場面があってもなぜか一向に魔法を使おうとしない。そればかりか、指揮棒も収めて逃げることだけに全力を尽くしていた。
「何だ、何だ!威勢の良いのは口だけかい!」
豪快に振り下ろされた大剣により再び地面が砕かれる。その衝撃で足を取られたトラゴス。
大剣が、トラゴスを捉える。振り上げられた大剣により、トラゴスはいとも簡単に宙に投げ飛ばされた。まともに受身も取れず、背中から地面に落ちる。
「ぐっ」
打ち所が悪かったのか、背中を押さえている。何とか必死に立ち上がるが、すぐそこまでアヴァンサルが近づいていた。
「終わりだ!」
アヴァンサルは大剣を片手に持ち替え、体を回転させる。その勢いでトラゴスの脇腹、先程攻撃を当てた場所目掛けて大剣を思い切りぶつける。
腕で防御していたが、それでもトラゴスは吹っ飛ばされた。トラゴスは立ち上がることが出来ないほどの痛手を負った。
大剣を片手で操り、普通の剣以上の速さで攻撃を繰り出すアヴァンサル。強靭な体に見合った武器。振り下ろし、振り上げ、薙ぎ払い。この三つの単純な攻撃しか繰り出せない大剣だが、アヴァンサルが操ることにより、強力無比の武器を化す。
アヴァンサルはトラゴスの胸倉を掴み、持ち上げる。
「魔法の一つも使わないで負けるとは可哀想な奴だ」
その言葉にトラゴスは反応しない。
「なんだよ、もうダメなのかよ。つまんねぇ……」
ふと、アヴァンサルはトラゴスの口から何かを聞いた。
「ん?何か言ったか?」
しかし、トラゴスは何を言わなかった。それでもまだ、トラゴスは何かを言っているようだった。
「はっきり言えよ!」
微かに、トラゴスは笑った。そして
「我慢比べといこうぜ。俺と、お前の…」
「は?」
その瞬間、トラゴスとアヴァンサルの周りに大きな魔方陣が現れる。通常の魔方陣より三倍以上の大きさだった。
「てめぇ!いつの間に!」
「さぁ、派手にいこうぜ」
次の瞬間、轟音と爆炎が同時に起こる。避けようとしたアヴァンサルだったが、トラゴスが掴んだ手を離さなかった。
メギストンの心臓だけでなく、会場全体にも轟音は響き渡った。
「何したんだ、アイツ。あの威力って上級並みだぞ」
「あれは、重詠唱だよ」
「重詠唱って?」
クロの質問にレクスは答えた。
「通常の詠唱を何回も繰り返し唱える上級術の一つで、魔法の威力を何倍もの威力で発動することが出来るようになるんだ。ただでさえ詠唱中は無防備になるのに、何回も詠唱をするこの術、普通はサポートを必要とするんだけど…」
「まさかアイツ、この一撃のためにずっと逃げていたのか」
「そうみたいだね。本当に使うなんて驚いたな」
レクスとトラゴスは昨夜、部屋で今日の対策を練っていた。魔法の連携などを考えているときだった。レクスが提案した、勝つ方法の一つとして重詠唱があった。その時、トラゴスは乗り気ではなかったが、アヴァンサルとの闘っているうちに一発で勝負が決まると考えて使ったのだろう。
やがて、炎が全て消え失せるとたった一人、トラゴスだけが立っていた。それを見たヴァローナは勝者の名を言葉にする。
「勝負あり、勝者トラゴス!」