第四十六の魔法「一人の女の子として」
勢いよく前進するドッジーナ。虚を突かれたバシリスは防御のタイミングを失った。
鳩尾に突きを喰らい、勢いよく吹っ飛ぶ。
「きゃあっ!」
ろくに受身も取れずに床を転がる。しかし、何とか体勢を立て直して反撃を試みるバシリス。指揮棒を持ち呪文を唱える。
しかし、ドッジーナはバシリスの目の前まで来ていた。
「我がグラーシーザよ!敵を裂け!」
十字に切り裂かれたバシリスは力なくその場に倒れこむ。
「バシリス!」
飛び出そうとしたトラゴスをクロは強引に手を取り、止める。
「何すんだ!」
「実演中だぞ!選手に手を出したら反則負けだ」
「もう勝負は終わった!見たろ、バシリスの負けだ」
「アンタが決めることじゃない!バシリスが決めることだろ!」
言い争っていると、いつの間にかバシリスは立っていた。しかし、膝に足をつき満身創痍の状態に見えた。
「バシリス!もういい!それ以上闘うな!」
バシリスは何も言わずに首を横に振った。
「私は…トラちゃんの許婚だよ。だから、負けたくないの…」
「そんなの関係ないだろ!もう、闘えないだろ!」
「いやよ、闘うわ」
「何で…」
「だって、私はトラちゃんのために生きてるんだよ。こんなところで負けてたら儀式なんて成功するわけ無いでしょ」
「お前、まさか…」
その言葉はトラゴスの耳にしっかりと届いた。
儀式。それはトラゴスの成人の儀式を指している。バシリスを生贄にして行う儀式。すべてを、バシリスは知っていた。儀式の生贄には王族同等の力を持たなければ儀式に耐えられないことも。
クロはトラゴスの肩を叩いた。
「最初から全部知っているんだよ、バシリスの奴。だけど、それを言わなかったのは何でだと思う?全部知った上で、それでもお前のことが好きなんだぞ。わかってやれよ!あの娘の気持ちを!」
「バシリス…」
「お話中悪いけどよ」
ドッジーナの声で闘いに意識を戻される。
「待っていてくれたの?」
「オレは騎士だ。正々堂々、闘うぜ」
「ありがと」
距離を取るバシリス。それに合わせるようにドッジーナもまた、槍を構える。
「行くぞ」
「えぇ」
ドッジーナは走り出した。詠唱の時間を与えまいとバシリスに近づく。しかし、バシリスは詠唱をせず、指揮棒を前に突き出し一瞬で魔方陣を描く。その魔方陣には呪文のようなものが描かれていた。
「まさか、瞬唱を使ったのか」
アスワドは驚いていた。バシリスの書いた魔方陣は通常のものとは異なる魔方陣「瞬唱」だった。
通常、魔方陣を使用する魔法は中級と上級の2種類。詠唱を唱え魔方陣を描き、魔法を発する。これが通常の魔法の流れ。
しかし、瞬唱は魔方陣と詠唱を同時に行う高度な魔法技術。それをバシリスは使った。それはとても、二年生になったばかりのバシリスには出来ないことだった。
「アクア・ドラゴニス!」
辺りを無数に取り囲んでいた水溜りは一瞬で魔方陣の前に集まり、巨大な龍を作り出す。
「マジかよ!」
ドッジーナは足を止め、急いで後退する。しかし、龍はそれ以上の速さでドッジーナを追いかける。
徐々に距離を詰められるドッジーナ。もう、勝負はついたと、自分の勝ちだと安心したバシリスは安堵の表情を見せた。
その隙を、ドッジーナは逃さなかった。素早く槍を持ち替え、投槍の構えを取った。
「飛べっ!グラーシーザ!」
龍に襲われるよりも一瞬早く、槍をバシリス目掛けて放った。バシリスの体を槍が直撃する。直後、激痛に襲われたバシリスはその場に倒れた。ドッジーナもまた、槍を投げた直後に龍に襲われ、倒れている。
一瞬の静寂のあと、周りの光は消えた。そして、ヴァローナは中央まで歩き、言い放つ。
「両者ノックダウン!この勝負、引き分けとする」