第四十一の魔法「許婚の真の意味」
夜、レクスはトラゴスの手当てをしていた。
「いてっ、もっと優しくしてくれよ」
「男だろ。我慢しろ」
手当てを終え、救急箱をしまうレクス。
「まったく、お前が余計なことを話すから」
「だって、本当のことだろ」
「だからってクロに話すことないだろ…」
レクスは率直に今思っていることを聞いてみた。
「なんで、そんなに隠そうとするんだ。バシリスはいい娘じゃないか」
「別に、隠している訳じゃない」
「じゃあ、何であんなに突っかかるんだ」
「アイツは、純粋すぎる。それが俺にとって苦になってる…」
「どういうこと?」
「俺たち、カノン族は成人を迎えると『成人の義』を受けることになってる。それを受けることで一人前のカノン族と認められる」
「それが、何か関係あるの?」
「オレの一族はカノン族の中でも最古の歴史を持つ、頂点に立っている一族らしくて、俺もその事を昔から教えられてきた。バシリスも同じように昔から続く一族なんだ」
「というと、トラゴスって王族?」
「まぁな…」
そのことに今は驚くことをせずに、トラゴスの話を聞いた。
「成人の義って言っても、特別なことをすることはないんだ。だけど、俺の一族は違った。カノン族の頂点に君臨し続けるために特殊な儀式を行うらしい」
「特別な儀式?」
「半獣半人が特色のカノン族だけど、完全に人の姿になることが出来るんだ」
「え?」
「今ある耳や尻尾が完全に無くなってプレミア族のような外見になる。外見だけでなく、能力的にもプレミア族に引けを取らなくなるらしい。俺の父も、プレミア族と同じ姿をしているから…」
「それが、カノン族の頂点に立つために必要なこと?」
「その通り。ただし、その儀式を行うのには人柱が必要なんだ」
「人柱?」
「つまり、生贄だ。誰かの命と引き換えにその儀式を成功させる」
「まさか、トラゴスの儀式の人柱って……」
「本当に察しがいいなお前は……。そうだよ、俺の人柱はバシリスだ。俺の母親は幼いときに死んだ。成人になる前に結婚し、子を生む。そして、儀式を行う。父は母を生贄に儀式を成功させたんだ。それが、カノン族の、王族である一族の代々の決まりごと」
「それじゃあ、バシリスはこのことを…」
「……知らない」
「え!」
「このことを知るのは、俺と、父と、バシリスの両親だけだ」
「そんな……」
「だから、バシリスの純粋さは俺を苦しめる。俺だってバシリスが好きだ。だけど、何も知らないアイツと居ると、オレは罪の意識で潰れてしまいそうになるんだ……」
トラゴスは本当にバシリスのことを愛している。しかし、二人が許婚で、いずれバシリスが死ぬ運命にあると本人以外が知っているならばそれを隠して付き合うことほど、辛いものは無い。