第四十の魔法「愛の無い許婚?」
「あのバシリスって娘と会ってたとき、その前からなんか変だ…」
「お前には関係ねぇよ」
「だけど、あの娘が可哀相だぞ」
「だから、関係ないって言ってるだろ」
そう言ってトラゴスは帰っていった。
「何だよ、アイツ…」
「ねぇ?アナタ」
不意に後ろから声をかけられ振り向いた。そこにはバシリスが立っていた。
「な、なんだよ…」
「Dクラスのクロなんだよね?あの…自分だけの魔法を見つけている…」
「そうだけど」
「やっぱりっ!私、アナタのファンなの!ねぇ、握手して!」
「いいけど」
すごい勢いで手を握られブンブン振り回すバシリス。屈託のない笑顔を見ると第一印象とは違う感じがした。耳を動かしていると本当の猫のように見えるのでかわいかった。
「本当にすごいよね。私と同い年なのに独自の魔法を見つけるなんて」
「そう…かなぁ」
こんなにストレートに褒められたのは初めてだった。
「私もがんばらなきゃ。がんばってトラちゃんに認めてもらわないと」
「トラ…ちゃん?」
「トラゴスのことだよ。同じクラスでしょ」
「ああ」
トラゴスだからトラちゃん。すごく安易なあだ名の付け方だな。ちょっとだけ笑みがこぼれる。
「知ってる?私とトラちゃん、許婚同士なんだよ」
「へぇ…」
あまりにも簡単に言ってくるバシリスにびっくりしすぎて、知ってるよなんて言えなかった。
「私、トラちゃんのこと大好きなの。だから、いつも一緒に居たいのに…」
少し、言葉を濁されるバシリス。そういえばレクスが「トラゴスはバシリスのことを嫌っている」って言ってた。
なんで、こんなにも一途に想っている女の子を嫌うのか、私には理解できなかった。
「アルっちと私とトラちゃんは昔から幼馴染でね、その時から許婚だって決まっていたの。昔は仲が良かったのに…なんで…」
少しだけ涙声で自分のことを話すバシリス。次第に、トラゴスに対して怒りがこみ上げてきた。
「ゴメンね。なんか愚痴っちゃって…変だよね…」
「そんなことないよ」
「ありがとう……」
そう言って帰っていくバシリスを見て、私は拳を握り締めた。その拳を緩めることなく一人の男に向けて足を進めた。
乱暴に、ドアを蹴る。ノブが壊れても構わなかった。今はアイツを殴ることが先決だ。
「どうしたの?クロ」
レクスがいたけど構わない。
「なんだよ、うるさいな」
見つけた。私は握った拳をソイツの頬めがけて思い切り殴る。
勢いよく殴られたソイツは床に豪快に倒れこむ。
「いっ…てぇなっ!なにすんだ!」
突っかかってくるソイツの胸倉を掴む。
「何で、バシリスを悲しませるんだ!アンタ、許婚じゃないのかよ!」
トラゴスは胸倉を掴んでいる手を握り、退ける。
「てめぇに何がわかる!」
トラゴスも同様にクロの頬を殴る。
「わかんねぇよ!わかんねぇから怒ってんだ!」
クロも反撃し、トラゴスの腹を蹴る。
「なら関わるんじゃねぇ!俺とアイツの問題だ!」
「バシリスが話してくれたんだ!アンタが好きだって!なのにアンタは!」
殴り合いながらもお互いの主張をぶつける。レクスはそれを見つめるだけだった。