第三十九の魔法「トラゴスとバシリス」
魔法学科でも選出された生徒がアスワドにより集められていた。
「トラゴスが選ばれるなんて、珍しい」
「まぁ……な」
トラゴスの様子がいつもと違った。そわそわしている。まるで何かを警戒しているように。
今集まっているのは私とトラゴス、レクスの三人だけ。後の二人はまだ来ていない。
「なぁ、おっさん。後の二人ってどんな奴なんだ?」
「お前みたいに先生のことをおっさん呼ばわりしない奴だよ」
トラゴスが皮肉を言わないと思ったらおっさんが言ってきた。まったく、男って皮肉が好きなのか?
「遅れました」
入ってきた生徒は男女一人ずつ。二人ともトラゴスと同じカノン族。女子生徒のほうは猫のような大きな目と耳が特徴的な、おとなしそうな感じ。男子生徒のほうは、バンダナで頭を覆っており、額近くまで隠している。口元には牙が見えており、近寄りがたい雰囲気を出している。
「遅いぞ、まったく」
「すみません」
「二人とも、自己紹介してくれるか?」
「はい、Aクラスのバシリスです」
「Fクラスのアルジェントだ」
「お前達も、自己紹介してくれ」
「Cクラスのレクスです。二人ともよろしく」
「同じくクロだ。よろしく」
私が終わり、次はトラゴスの番だが、なぜか自己紹介しようとしなかった。
「どうした、トラゴス。お前も自己紹介せんか」
アスワドのおっさんにそう言われても横を向いているだけだった。やっぱり様子がおかしい。
「こんな奴の自己紹介なんていらねぇよ」
トラゴスを挑発するように、アルジェントは言った。
「何でトラゴスがここに呼ばれてるんだよ、目障りだから消えな」
「お前に言われたくねぇよ。俺より弱い奴こそ何でいるんだ?」
「なんだと」
トラゴスに殴りかかろうとするアルジェントをバシリスが割って入って止めた。
「やめなよ、二人とも。久しぶりに会ったんだから」
「チッ」
罰が悪そうに後ろを向くアルジェント。バシリスはトラゴスのほうを向き。ニッコリと笑みを浮かべた。
「本当に久しぶりね」
「そうか?」
「そうよ、私は会いたかったのに、全然連絡くれないんだもの」
「悪かったよ、俺も忙しくてね…」
二人の会話を聞く限りどうも顔なじみのようだ。
「なぁ、レクス。あの二人って知り合いなのか?」
「クロは知らないの?あの二人、許婚だよ」
「え!」
「うるさいぞクロ。そこの二人も私語は止めてもらおうか」
トラゴスに許嫁がいたなんて、全く知らなかった。
「じゃあさ、付き合っているのか?」
まぁ、許嫁なんだから当たり前かもしれないが確認のため、レクスに小声で話しかける。
「いや…なんていうかさ…」
「なんだ、付き合ってないのか?」
「彼女の方は付き合ってるつもりらしいけど、トラゴスが…」
「どういうこと?」
「ちょっと嫌ってるらしいんだよ。バシリスのこと」
「へぇ」
意外だった。男女関係なく誰とでも仲の良いトラゴスに嫌いな人がいたなんて。さっきまで様子がおかしかったのも、あのバシリスって女が原因なんだろうか?
「本番は八日後。入学式の次の日だ。それまでは各自しっかりと訓練などしておくことだ。なお、授業の方は通常通りに行うから時間は自分たちで見つけることだ」
「なんで?別に授業に出なくていいじゃん。本番まで時間ないんだし」
クロの意見をもっともだと言うように他の四人も頷く。
「この実演に選ばれたからと言って、お前たちを特別扱いはしない。現在の評価が高いから選ばれているだけだ。今回の実演は特別、成績に関わるというわけではない。新入生に二年間のうちでどれだけ成長できるかを見せるためのものだ」
一同は納得したらしく、皆「ハイ」とだけ答えた。
「わかったなら解散だ」
教室を後にすると、トラゴスとバシリスが何かを話していた。流石に聞いてはいけないと思い、その場を離れた。
「クロ、一緒に帰ろうぜ」
離れようとした矢先、トラゴスが気付いたらしく私に話しかけてきた。
まるで、バシリスから逃げるように腕を引っ張られ強引にその場を後にする。
「痛いって、離せ!」
「何だよ、だらしねぇな」
いつものように皮肉を言っているつもりだろうか。やっぱり様子がおかしい。
「アンタさ、なんか変だぞ」
「どこがだよ?」