第三十四の魔法「クロとケーニッヒの約束~その2~」
今朝起きたときにはローザは学校に向かっていた。
「今日当番だっけか?」
いつもなら私のことを待ってくれているのに、その時は珍しいとしか思わなかった。
ふと、ローザの使っている鏡台が目に入る。髪はいつものように下ろしているだけ。結おうとしたけど、やっぱり私にはこっちの方が生に合っている気がした。
教室に着くと、目線を感じる。ちっちゃな溜息も聞こえた気がした。
「今日はポニーテールじゃないんだ」
席に着くと、サフィラが話しかけてきた。
「別に、いいだろ。どんな髪にしようと俺の勝手だろ」
そう言うと、サフィラはニヤニヤと笑いながらこっちを見ている。
「な、なんだよ。何か付いてるか?」
「昨日、見ちゃったんだ。アンタが男と会っているとこ」
「な!」
「しかも、騎士学科のケーニッヒだなんて、アンタもけっこうやるねぇ」
「ちがっ!別に…会ってた訳じゃ…」
「実際のところどうなの?クロちゃん」
いつの間にか反対側にはローザが迫っていた。
「そうよ、アンタ、レクス様にも気があるんじゃないの?」
前からはマルグリット。完全に囲まれた。確かに、いつも特訓しているときは会いたいとは思っていたけど、それが目的じゃないから。って言っても絶対信じちゃくれないだろうな。
「もうっ!んな訳ないだろ!アホらしい…」
私は教室から逃げるように出て行った。
「やっぱり、図星なんじゃないの?」
「まぁ、焦らずにゆっくりと行きましょ」
結局、この日は一回も授業を受けずに部屋に戻った。
夜になり、部屋に戻ってきたローザは一枚のプリントを私に渡した。
「何これ?」
「今度ね、騎士学科の生徒と実演の特別授業があるんだって。クロちゃんも選出されたんだよ」
「は?」
「クロちゃんと、レクスくんと、トラゴスくんがDクラスからは選ばれたんだ」
やけに誇らしげに言ってくるローザは自分のことのように嬉しそうだ。だけど、私は何かが引っかかっていた。
「そうそう、騎士学科の選出された生徒も書いてあるよ」
その言葉で私はある約束事を思い出した。ローザからプリントを貰い、騎士学科の生徒リストを見る。
案の定、そこには思っていた通りの名前があった。
『ケーニッヒ』
「アイツ、知ってたんじゃ…」
「アイツって?誰のこと?」
「いや、何でもねぇよ」
あんな約束をしたなんてローザにも言えない。誰にだって言えないし言いたくない。
いつもなら来てくれるケーニッヒは今日の訓練にはとうとう来なくなった。やっぱり、私の予想は当たっているのだろうか。選出された騎士学科の生徒同士ですでに特訓なんかをしているのかもしれない。
私も負けてられない。実演の授業なら経験はある。あの時と自分は比べ物にならないほど成長した。新しい力も、技も手に入れた。ヒトに使ったことはないけど、使えば必ず勝てる。たとえ、どんなにすごい魔術師でも、騎士でさえも。
クロの前方の、垣根に揃って延びている木々のなか、一本だけがおかしかった。
まるで強力な圧力が掛かったように真ん中の方が絞られていた。今にも倒れそうに。