第十九の魔法「異変に次ぐ異変」
医務室で治療を受けようとしたけど、なぜか私のキズは治っていた。確かにキズは深く、血も大量に出ていた。
マルグリットは未だベッドで眠っている。イーリスはずっと看病を続けている。
サフィラと一緒に自分の部屋に戻る。
「もう大丈夫?」
「あぁ、心配かけてゴメン」
「いいのよ。じゃあ、また明日ね」
部屋に戻ると、ローザが待っていた。心配しているような顔は相変わらずだった。だけど話す言葉が見つからなかった。
自分が恐い。合同実技訓練の時も、さっきも、自分が自分じゃなくなった。別の誰かが自分を支配している。そんな気がした。
恐い恐い恐い恐い。頭の中でいくら考えても答えは出ず、ただその単語だけが頭を巡る。
「どうしたの?顔色悪いよ」
私はローザに抱きついた。一人でいたら押し潰される。不の感情に押し殺されてしまいそうだった。
「?クロちゃん」
「しばらく、このままでいさせて……。お願い」
ローザは何も言わず、黙ったまま頭を撫でてくれた。
夜になり、フィリップはいつものようにエテレインに呼び出されていた。場所もいつもの資料室。しかし、この時だけはエテレインの表情は違った。
「まったく、とんだ失敗をしたものだな、フィリップ」
「は?」
「お前、クロを殺そうとして魔物を雇ったそうだな。それも、裏の世界に精通している行商人から」
「何で、そのことを……」
「つい先程、緊急会議が開かれた。内容はロッソのクラスでの野外授業の件。ある生徒がグリズリーに襲われたそうだ。しかも、そのある生徒がグリズリーを殺した」
「え?」
「その生徒がクロだ。そして、グリズリーから商標タグが見つかったそうだ。そのタグから一人の行商人が割り出された」
フィリップは言葉が無かった。行商人と接触していることが知られれば明らかに今回の騒動は自分が原因だと分かる。
「なぜ、会議など開いたのですか!私は呼ばれていませんよ!」
「そうだ、敢えて呼ばなかった。お前以外の職員で開かれた緊急会議だ。この意味が分かるか?」
「まさか……」
「もう、お前の仕業だと職員全員知っている。近々、処分が下されるだろう」
終わった。全てが崩れる音が聞こえた。フィリップは力なくその場に膝をついた。
「とんだ失敗だ。始末しろと言ったが、殺せとは言っていない。お前に任せたこと自体が失敗だったようだな」
エテレインは資料室から出ようとする。しかし、フィリップが前に立ちはだかる。
「アンタも……道ずれにしてやる!」
「よせ、貴様如きに俺は殺せない」
剣を抜き、エテレインに斬りかかる。素早く剣をかわし、同様に剣を抜くエテレイン。両者の剣が交わる。
「俺を殺しても何も変わらないぞ」
剣を持っていないもう片方の手をフィリップの腹に当てる。小さな声で呪文を呟く。
「アンタ、まさか!」
「死ぬがいい」
フィリップは後ろの本棚まで飛ばされる。本と共に床に倒れこむフィリップ。
「魔法騎士だなんて………」
「誰にも言っていないからな。貴様が初めてだ。だが、事実を知る者は一人として生かしてはおけない」
エテレインはフィリップの口を塞ぐ。騒がれては迷惑だ。躊躇なくフィリップの胴体に剣を突き刺す。
剣を収めフィリップの死を確認したエテレイン。ふと、壊された本棚に目がいく。本棚の後ろのほうに何かを見つけた。本棚を壊し、確認する。そこには重厚そうな扉が広がっていた。
「なんだ、これは?」
扉に触る。押し扉のようで簡単に扉は開いた。扉の先には地下へと続く階段しかなかった。その階段はどこまで続いているのか分からない。
「ここに、あの書物が………」
エテレインはその階段を下に下っていった。自分の目的のために。辛うじて、息を吹き返し、一命を取り留めたフィリップがメッセージを残したと知らずに。