第十八の魔法「異変」
私は目の前に広がった光景を理解できなかった。手についた血。辺りを漂う、腐った様な、嫌な匂い。そして、見覚えのある何かの肉の塊。
「うっ!」
そんなモノを見ていると当然のように吐き気がしてきた。
「クロ、お前……大丈夫か?」
レクスがこちらを見ている。その言葉と、顔を、見たことがあった。
あの、合同実技訓練のとき、気付いたらモンストロが倒れていたとき、周りにいた騎士学科の生徒の顔と同じだった。まるで恐い物でも見るかのような。
吐き気を抑えながら、自分の手をじっくり見てみる。血に染まって最初は分からなかったが、毛と肉のようなモノが手に付いていた。
それを見てやっと分かった。
「レクス、俺……俺…」
私が、全ての原因。この血に染まった醜い手が何よりの証拠。
「全部、俺が………」
小さく、レクスが頷く。
「嘘……、だろ」
さっきまでグリズリーに恐怖していた自分。だけど、今は自分に恐怖している自分がいる。
ロッソが到着したとき、とりあえず三人の無事を確認し安堵した。しかし、マルグリットは気絶しておりレクスも傷ついている様子。一番様子がおかしかったのはクロだった。両手に血が付いている。よく見ると顔や服にも付いていた。そして、酷く怯えている。
「大丈夫?クロ」
サフィラが話しかける。
「サフィラ……」
生気の無い声で答えるクロ。かなり様子がおかしい。
「とりあえず、立てるかクロ?」
ロッソの言葉に頷くだけで何も言わない。
「イーリス。マルグリットは大丈夫か?」
「気絶しているだけです。怪我とかはありません」
「そうか、ならサフィラはクロを、イーリスはマルグリットを連れて先に帰っていろ。外で待っている他の生徒にも学園に帰る様に伝えてくれ」
無事とは言えない状況。ロッソはレクスに近づく。
「何が起こったのか、教えてもらう。レクス」
「はい」
「傷ついているのに、済まないな」
「いえ、無事なのは自分一人ですから」
レクスはあの場所へと歩いていく。ロッソもレクスの後を歩く。何も知らずに、惨劇のある場所へと歩く。
ロッソは言葉が無かった。魔物のいないこの森で、なぜグリズリーがいる。そして、死んでいる。
「なぜ、グリズリーが……」
死んでいるということは誰かが殺したということ。
「分かりません。ですが…」
「誰が殺した!」
鬼気迫るロッソにレクスは少し怯え気味に話を続ける。
「クロが、殺しました。別人のようになって……」
「まさか……」
普段とは違う真剣な雰囲気で考え始めるロッソ。
「わかった。とりあえず、お前も帰れ。後は先生に任せろ」
「はい」
レクスを見送った後、ロッソはグリズリーだった肉の塊に近づく。酷い有様だった。両手は千切れ、足も片方しかない。首は刃物のようなもので切断されている。レクスの言ったことが本当ならクロが殺したことに矛盾が出る。騎士学科の生徒ならともかく魔法学科の生徒がどうやって剣を持つ。最初の集合のときに剣を持っている様子は無かった。
飛んだ首を調べてみる。すると、耳の位置に紙切れを見つけた。
「これは、まさか商標の……」
ロッソが見つけたのは商標タグと呼ばれるものだった。
魔物には家畜として扱われる魔物も存在する。魔術師や騎士により捕らわれた魔物には商標タグをつけることで様々な用途に使われる家畜となる。
このグリズリーもタグをつけているということは誰かに飼われている。しかし、本来タグをつけられた魔物は人を襲わないように調教されているはず。可能性としては一つ。何者かが特別な調教をされた家畜の魔物を野に放ったということ。このタグから割り出せば簡単なこと。