第十七の魔法「クロの覚醒」
森にいないはずの魔物に襲われるクロたち。初めて出会う魔物に恐怖を覚えるクロとマルグリット。しかし、レクスだけは助かるために諦めていなかった。
どうやら、かなり傷は深いようだ。一向に血は止まらない。そればかりか、グリズリーがゆっくりと近づいてくる。肩を抑えながら、立ち上がり、距離を取ろうとしても思うように足が動かない。
「しっかりしなさいよ!」
マルグリットが私に肩を貸し、一緒に歩いてくれた。だけど、小柄なマルグリットはゆっくりとしか進めなかった。
「アンタだけでも逃げなよ。そうすれば助かるかもしれないだろ」
「バカ言わないで!友達を放っておけるわけ無いでしょ!」
その言葉はどんな言葉よりも私の胸の奥底まで響き、熱くさせた。最初は、あんなに嫌われていたのに、今は違う。互いに助け合うことが出来る友達。
そして、今までマルグリットに纏わりついていた黒い影が徐々に消えていった。まるで悪い気が浄化されていくように。しかし、後ろから雄叫びが聞こえる。グリズリーは狙いを定めたかのように一直線に私達に向かって走り始めていた。
「どうしよう……」
周りには隠れる場所も無ければ、逃げる道も無い。絶体絶命か。そう思った時、後ろから呪文が聞こえた。
「イエロ・ブリッサ!」
放たれた風の弾丸はグリズリーの喉元を捕らえた。グリズリーは後ろに飛ばされ大きな地響きを立てて倒れ込んでしまった。
「大丈夫か?二人とも」
レクスが駆け寄って来てくれた。レクスは服を脱ぎ、肩のキズの応急処置をしてくれた。
「万が一と思って、持ってきて良かった」
レクスの手にはヴィント・ウッドの葉が握られていた。さっきの魔法はヴィント・ウッドで威力を高めた魔法だったようだ。
「レクス様、ごめんなさい。わたしがこんな奥まで来ちゃったから……」
「今は、後悔する前に逃げることだけを考えよう」
そう言ったレクスの顔に普段の爽やかで余裕な表情は無かった。ただ、目の前のグリズリーに恐怖しているようにも見えた。
「死んだのか?あの魔物」
「いや、急所を狙ったけど所詮、初級の魔術だ。魔物を殺せるほどではないはず」
レクスの言ったとおり、グリズリーは起き上がった。まだ、諦めていないようだ。
「ここは僕がグリズリーの注意を引き付ける。その間に二人は逃げてくれ」
「そんな、レクス様……」
「でも、それじゃあアンタが」
「逃げるんだ!早く!」
その時、私は目を疑った。今度はレクスに、黒い影が見えた。なんで、レクスに。一体、この黒い影は………。
頭に激痛が走る。頭の真ん中に鋭く突き刺さる痛み。やがて、痛みは体全体に広がり、頭を抑え、倒れてしまった。
意識が朦朧とする中、微かに聞こえる声。マルグリットでもレクスでもない。この声はどこかで聞いたことがある。あの時、合同実技訓練の時に聞こえた声。
憎め、全てを。
ヴィント・ウッドの葉も、魔力も底をついたレクス。指揮棒を握るだけが精一杯。
魔法は使えば使うほど、術者自身にも影響が及ぶ。それは魔力と呼ばれ魔術師の持つ素質と同様に体内に存在する。魔力を失えば当然、魔法は使えなくなる。レクスは優等生といってもまだ一年。慣れない実戦と突然の状況。加えて、まだ自分の魔力がどの程度体内に存在するのかも知らない。今のレクスは魔法を数発使えば魔力は枯渇する。
「ぐわっ!」
グリズリーの爪がレクスを襲う。かすった程度だが、体勢を崩したレクスには立ち上がる体力さえ残っていなかった。
「レクス様!」
マルグリットはレクスに駆け寄ろうとした。しかし、クロを放っておくことは出来ない。意識を失い、倒れこんでしまったクロを。
レクスの目の前までグリズリーは近づいていた。レクスは後退りせず、ただ座り込んでいる。
このまま、魔物の、グリズリーの餌になり、死んでいく自分を想像するレクス。何もかも諦めたように目を閉じる。
刹那が永遠にも思える時間だった。だが、グリズリーは襲ってこない。恐る恐る目を開けたレクス。
そこにはクロがいた。振り下ろされたであろうグリズリーの腕を左手一本で受け止め、レクスの前に立っていた。
「え、クロ……」
マルグリットでさえ驚いていた。一瞬でレクスの前まで行ったクロに気付かなかった。何が起こったのか理解できなかった。
「さっさと逃げなよ。こんな魔物、私一人で充分だ」
「しかし……」
「いいから行きな」
振り返ったクロの顔。その顔にレクスは恐怖を覚えた。目は真っ黒に染まっており黒い線が顔を十字に刻んでいる。よく見ると、手の方も同様に黒く染まっていた。
「アンタがここにいても気持ち悪くなるだけ。邪魔よ」
その言葉を合図にクロは左手に力を込める。腕から聞いたことの無い音が聞こえる。クロの手は徐々にグリズリーの腕に食い込み、血が流れ出す。グリズリーは呻き声を上げながらクロを振り払おうともう片方の手で襲い掛かる。クロはその手も掴み、同様に力を入れる。
そして、骨の折れる音。クロの手を境にグリズリーの両腕は千切れた。グリズリーは悲鳴にも聞こえる叫び声をあげる。鮮血が飛び散り、辺りを血に染める。クロは手についた血を舐め、笑みを浮かべる。
「きゃああああああああ」
マルグリットは悲鳴を上げた。レクスは目の前の惨劇に言葉が無かった。
「不味い血ね」
グリズリーも本能的に死を察知したのか、背を向け逃げようとする。
「逃がさないわよ」
クロはグリズリーの足を掴み再び力を込める。腕と同様に足も千切れた。
「クロ!もういいだろ!逃がしてやれよ」
「何言っているのよ。殺すに決まっているでしょ?」
クロの右手が黒く染まり、剣へと姿を変えた。漆黒の剣は倒れているグリズリーの首に当てられた。
「さようなら。森のクマさん」
「やめろ……。クロォォォ!」
すでにクロの手は振り下ろされた。首は切り落とされ、苦痛に歪んだ表情のままグリズリーは死んだ。
~あとがき~
今回は長くなりましたが、もう少しで区切りが付きそうなのでスピードを上げて書き上げました。しっかり書いたつもりでも上手く説明できていないと思います。ここが終われば一段落着きそうなので最後の気力を振り絞って生きたいと思います