第九章 「嫉妬」
俺は気づかぬうちにその男に嫉妬心を抱いていた。妹を取られないのはわかっていたし、取られるはずもないと確信していたはずだった。心の中はそう思っていた、だが行動が先走ってしまった。
この頃、人を殺めることができなかったストレスもあり、久々にやるのは快感でしかなかった。いつもより何十倍も楽しかった。
他人の人生に自分が終止符をつける。それがなんともたまらない。
「被疑者は加害者を一生恨むだろう」
世間はそう言うが、俺はそんなこと1ミリも気にしなかった。むしろ、人の人生に入り込めるのは嬉しかった。俺はずっと孤独で生きてきて、人の視界にも入らず、存在すら認めてくれなかった人もいる。
俺の人生、一番辛いのは孤独かもしれない。
「孤独でも生きていけます」
なんて言う人はその理論をぶち壊してやりたい。依存できるもの、場所。頼りすがれる場所があるからこそ生きていけるのだ。それがあって、人は一次的な孤独を好む。
俺はしばらくして我にかえった。やばい、早く後始末をしなければ。
その男をおんぶし、車の荷台に乗せた。そして、数km先にある森林へ車を走らせた。穴を掘り、その男を埋め最後に土をかぶせた。この男に家族はいるのだろうか。
「ま、普通いるか。」
恵まれて育ったんだろうな、俺はふと埋め終わった地面を見てそう思った。
「恵まれてみたかったなぁ」
小声で呟き、空を見た。全てを忘れられる気がした。これぞ、無限というのかもしれない。この日は晴れていたため夜空に星が広がっていた。美しかった。あの頃の俺のように。
しばらくして車を出し、家へ帰った。
深夜の住宅街は明かりもなく真っ暗だった。
まるで、今の俺を表しているかのように見えた。
車を停め、ロックをかける。この音さえ、夜では大きく感じた。窓をみると明かりがついていた。消し忘れたのか。
「おかえり」
「起きてたのかよ」
「うん」
「早く寝な」
「うん、おやすみ」
「はぁ、、」
俺はソファに座り缶コーヒーを開けた。これは今日殺した男のバッグの中に入っていたものだ。何度やっても人を殺す作業は疲れる。でもそれ以上に快感が得られるため、やめられなかった。それに比べるとこの疲れなんて軽いもんだった。
携帯を開く。
ここのところ、やることが詰まっていたので全然携帯をいじる暇がなかった。そういえば。
「あの人、名前なんて言ってたっけ」
もうこの世からいなくなったはずなのに。あの男のことが妙に気になっていた。インスタを開き、検索欄に「かずき」と入力した。妹が確かそう呼んでいたのをかすかに覚えていた。
「やっぱ無理かぁ」
検索の候補には数え切れないほどのアカウントが表示された。
「なんかあの人の特徴あったっけな、」
その時俺の頭の中で一つ思い浮かんだ。あだ名だ。あだ名だったらみじかな人にしか分からない。
「かずのこ」
そして、ハイフンの後に妹から聞いた男の誕生日を入力した。
「Kazuhiko_1104」
ヒットした。トップに出てきたアカウントのアイコンがサッカーだった。これは間違いないと確信した。プロフィール欄にも、年齢や学校名が略して記されていた。
「非公開じゃねーんだ、珍しいな。」
アイコンをタップするとストーリーがたくさん更新されていた。
最新ので5時間前のストーリーだった。
開くと衝撃だった。その写真には妹とあの男とのツーショットが載せられていた。妹の顔はモザイクで隠されているが、服装や撮影されているのがあの公園というのもありほぼ確実だった。
「んだよ、会ってたのかよ」
やっぱり俺がやったことは間違いなかったようだ。
「ふっ」
「今頃どうしてるかなぁあいつ笑」
からかってみた。
あの後、ハイライトにあった過去のストーリーを閲覧していた。そこには友人とテーマパークへ行った写真、家族旅行、初詣の写真。あの男の思い出がぎっしりと詰まっていた。
充実してたんだな
そう思った。少し羨ましかった。
今回、俺が犯した殺人は今までと何かが違っていた。いつもは、自分の欲求を満たすために人を殺めていた。遊び道具というやつかもしれない。でも、あの男に刃物を差し込んだ時、言葉にできないほどの嫉妬心や憎しみが自分の中で生まれていた気がした。
この感情は自分自身が勝手に生み出したものなのに。恵まれている環境が羨ましかったのか。
いやそうじゃない。この日、あの男のストーリーを見ながらずっと考えていた。
だが、答えは見つからなかった。