第一章 「放棄」
兄はシリアルキラーである。
シリアルキラーとは一般的に異常な心理的欲求のもと、1か月以上にわたって一定の冷却期間をおきながら複数の殺人を繰り返す連続殺人犯に対して使われる言葉である。
兄は自分の欲求を殺人によって満たしていた。
でも私がそう気づく頃にはもう手遅れだった
「お兄ちゃん、久々に一緒にお風呂入ろ」
私は、ゲームをしている兄に尋ねた。目線を逸らすこともなく兄は
「いい加減にもう一人で入れよ」
と言う。少し期待してしまった私は、その言葉に口を尖らせた。
「いいじゃん別に。毎日入ってるわけでもないし、たまにはさ」
兄は、ゲームをひたすらに続けていた。静かな夜。私と兄が言葉を発しなければ、この世界は無の世界として滅亡してしまうのではないか。日々そう感じる。
「...入ってくる」
「ん」
兄は私になんか構ってくれない。そんなのわかってる。でも生まれてからずっと守ってくれる。言葉にしてくれなくても、行動に表れなくても私には何となく分かる。そんな兄が大好きだ。兄が好きなことを、この世界は「ブラコン」という。ブラザーコンプレックスの略。なぜマイナスなことでは決してないはずなのに“コンプレックス”というのだろうか。もう少し良い言葉はないのだろうか。そう感じる私は、自分がブラコンだと一度も感じたことはない。認めたくないのが正しい表記かもしれない。
私がお風呂から上がった時、兄はゲームから手を離していた。
「...ゲームしないの」
「充電切れた」
「そか、そういえばガス使える?」
「無理」
言わなくても分かるだろと言わんばかりに即答された。もうしばらく、ろくな食べ物を食べていない。飲み物と缶詰などのみでここまで耐えてきた。が、ここではお腹すいたという言葉はあまり発してはいけないと自分の中で決めている。暗黙の了解だ。
私たちは5歳の時、両親に捨てられた。原因は子育て放棄だった。もともと子供が嫌いだった親は遊び半分で毎晩営み、ある日できてしまった。今で言う「できちゃった結婚」通称「デキ婚」だ。産まないという選択肢ももちろんあったが、バカな父親が「人生経験としてせっかくだし育ててみちゃおっか」という軽い一言により、産むという決断に至った。
産まなくてよかったのに。
これは兄が両親から離れる時、最後に発した言葉だ。そばで聞いていた私は、一生心からこの言葉を忘れることはないだろう。
産んでから数年は割と真面目に育ててくれた。上から目線だが、子供の泣き声等が苦手だった両親にとって赤ちゃんの最大敵とも言われる「夜泣き」を我慢したことは、相当凄いことだと思っている。しかし、子育てによって両親の間にすれ違いが生まれ、毎日のように口論するようになり、さらにストレスからか以前よりひたすら狂ったようにお酒を飲み続けていた。これは私たちにまで影響を及ぼした。
「歯ブラシってどこにある?」
兄がそう聞くと
「そんなことで聞かないで!!自分で考えろバカが」
周りに散らかった物を言わんとばかりに投げてきた。この生活に子供の兄は耐えられなかった。そしてある日、兄はお金と赤ちゃんだった私を連れて家を出た。貯金もそんなにあったわけじゃない。親からお小遣いなんて当然もらえない。だから、兄はよくしてもらっていた店のおばちゃんから貰ったり、母親の貯金箱から盗んだりしていた。
今は兄と私でアルバイトをしてなんとか生活している。家賃は、両親が定期的にお金を振り込んでくれている。ああ見えても、私たち二人のことが好きだったらしく出ていったと知った時は大変ショックを受けていたらしい。同時に今までの行動に後悔した末、家賃だけはと言うことで払ってくれているのだ。でも、ここに住める時間はそう長くないだろう。
水道代、ガス代。ここ最近じゃ何1つ払えていない。唯一払えているのは、電気代のみだ。汗を流し、必死に働いたお金は全て生きる最低限のために消えてゆく。自分の至福になんか使えやしない。
ふと窓を見る。膝上のスカートを履いた女子高校生が楽しそうに話して笑い合っている。まるで漫画の中の世界を観ているようだった。
「来世はあんなふうに過ごしたいなぁ」
ふと漏らした言葉。言霊を信じ口にしてみる。目線を逸らし部屋の中を見ると、現実を突きつけられる。なんて惨めな世界なんだろう。
生まれてこなければこんな無残な世界と向き合わなくてよかったのに。生まれてこなければ苦しまなくて済んだのに。生まれてこなければ__。そう思うと次から次へ不満が出てくる。
でも私には大好きなお兄ちゃんがいる。このことだけが、神様がくれた唯一のプレゼントなのかもしれない。