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名探偵のあとしまつ

作者: マルコ

 外はまるで世界の終わりのような嵐が吹き荒れている。

 空は深い灰色に染まり、雷が轟音を立てては閃光を放つ。

 風は猛烈に吹き荒れ、木々を根こそぎにしようとするかのように容赦なく揺さぶり、その枝葉を乱暴に引き裂く。

 雨は横殴りに降り注ぎ、窓ガラスを激しく打つ。

 その音は、内部にいる者にとっても恐怖を感じさせるほど。

 時折、雷の光が全てを白く照らし出し、そのたびに嵐の猛威を改めて思い知らされる。

 この荒れ狂う自然の力の前には、人間の営みなど脆くも感じられ、ただひたすらにその終わりを待つしかない。

 まるで嵐が、この地上から全てを払拭しようとしているかのように。


 枝川はじめは、深いため息をつきながら、その場にいる全員の視線を一人ずつ捉えた。孤島の古い洋館で起こった密室殺人事件の真相が、ついにこの瞬間、明らかにされようとしている。


「この事件の真犯人は……」


 はじめの声が、重苦しい沈黙を切り裂いた。


「あなたです、黒川光司!」


 部屋にいた人々からは驚きの声が上がった。黒川光司は、洋館のオーナーであり、被害者の古くからの友人だった。彼は自分を指差されると、一瞬で顔色を変え、しかしすぐに落ち着きを取り戻し、反論した。


「馬鹿なことを言うな。どうして私が隆司を殺す必要があるんだ?」


 その表情は、場違いなほどに自信に満ちていたが、はじめは冷静に答えた。


「事件の手口から見て、犯人は被害者と非常に親しい人物で、しかもこの洋館の構造を熟知している人間です。そして、あなたが用意したアリバイは完璧に見えますが……」

「見える、ではないのだよ。私のアリバイは完璧だ。なにしろ、この部屋は密室だし、私はずっと自室に居たのだ。事件のとき、私を部屋まで呼びに来たのは、キミの友人だったではないか。まさか、共犯だとでも言う気かね?」


 はじめの言葉を遮り、黒川は自分を呼びに来たはじめの友人、吉原みゆきを指して言った。


 その指摘に対しても、はじめはゆっくり歩きながら答える。その歩む方向に、黒川が若干動揺したことをはじめは見逃さなかった。


「さて、黒川さん。事件の時、あなたは自室に居た。そして、あなたの自室はこの隣の部屋だ」


 はじめが隣室と、事件が起きたこの部屋を隔てる壁を触りながら言った。


「だから、何だと言うのだ? まさか、窓を伝って部屋を移動したとでも言うのか? この大嵐の中で? バカバカしい!」


 黒川の指摘はもっともだ。

 そもそも、窓に鍵がかかっているからこそ、密室なのだ。

 それが何らかのトリックだっとしても、外は現在彼らがこの孤島に軟禁されている原因の大嵐。下手に外に出れば、全身ずぶぬれである。

 みゆきが彼を呼びに行くまでの間に取り繕うことなどできない。

 仮に、それが無かったとしても、この部屋と隣室では窓の位置が真逆である。そんな距離を、メタb……ふくよかな体型の黒川が外壁伝いに移動できるとは思えなかった。


 だが、はじめは言った。


「事件の後、この部屋を調べていて、面白いものを見つけたんですよ」


 そう言って、壁際の床の一点を指した。


 そこは僅かな埃……いや、砂のようなものがあった。


 はじめは、その砂を撫でつけて指につけ、皆に見せつけた。その様子を見て苦々しい表情になった黒川をねめつけながら、言葉を続ける。


「ここだけ、汚れています。埃か砂に見えますが、コンクリートの粉塵です」


 そう言いながら、はじめが壁を押すと、何の変哲も無いようにみえたその壁は、重苦しい音を立てながらも開き、小部屋を覗かせた。そしてその奥には、同じように隠し扉があった。――当然、黒川の部屋に続いている扉ということになる。


「……俺だって、こんなヒントが無きゃ、ここに隠し扉があるなんて思いもしなかった。そして、被害者を除いて今この館に来た人物は、皆初めてここに来た。つまり、この秘密の扉を知っているのは、この家に住む人間、あなただけなのです」


 黒川は、もはや動揺を隠せずにいた。はじめはさらに追い詰める。


「そして、動機も明らかです。被害者の榊原隆司さんはあなたに大金を貸していました。しかし、あなたはその金を返すことができず、絶望していた。榊原さんの督促に耐えかねたあなたは、彼を永遠に黙らせることを決意したのです」


 全員の注目が集まる中、黒川はついに崩れ落ちた。


「そうだ…… 私がやった。隆司を殺したのは私だ!」


 その瞬間、部屋には重たい空気が流れたが、同時に解決への安堵感も広がった。枝川はじめは、再び深いため息をつきながら、この複雑な密室殺人事件を解決したことに内心でほっとしていた。



 ◇



 嵐が収まった後の静けさを背に、俺は捜査のために孤島の洋館を訪れようと、一列に並んで県警所有の船に乗り込んだ。

 海はまだ少し波打っていたが、船は確実に前進し、孤島へと向かった。


 船上では、警察官たちはそれぞれの役割について最終確認をしていた。

 俺は鑑識キットを手に入念にチェックし、事件現場での検証作業に備えている。船は意外にも穏やかに波を切り、孤島にある古びた洋館が徐々に大きくなっていく。


「……チッ、またか」


 現地と通話している上司の呟きで、その場の全員が沈黙する。

 誰も何も言わないが、ある確信が全員の胸の中にあった。


 だが、そんな船内の様子とは無縁とばかりに、船は事件が起きた洋館がある島へ到着する。

 波音だけが、緊張した空気を少し和らげていた。


 島に到着すると、俺たちは迅速に降り立ち、船をしっかりと桟橋に結びつけた。

 俺は鑑識キットを肩に、他の皆も必要な機材を持ち、現場へと向かう。


 現場に到着すると、先行した捜査員が活動を開始していた。

 さらには、何社かのマスコミの姿も見える。


 そして、その中心で取材を受けている少年……

 彼の姿を見ただけで心が重くなる。


 やはり、嫌な予感が当たってしまったようだ。

 彼が現場にいるということは、重要な証拠がすでに彼の手の中にある可能性が高いということだ。


「彼が既に証拠を採取しているそうだ」


 先行してすでに捜査を行っていた同僚がため息をつきながら俺に話す。

 これまでの経験から、あの少年が採取した証拠は、俺たち鑑識官が後から確認することが難しくなる。

 証拠保管の継続性が途切れ、信頼性が問われる事態になりかねない。


「そうか。でも、俺たちにできることをしよう。まずは、彼が採取していない証拠から確保。そして、彼が持っている証拠についても、どうにか情報を得なければ」


 現場検証を始める。

 少年探偵が既に手をつけたエリアは避け、まだ手付かずの場所を中心に証拠を探す。同時に、少年探偵との協力体制を築くことも試みる。彼が採取した証拠を、どれだけ俺たちと共有してくれるかが鍵となる。


「枝川さん、ご協力いただけないでしょうか。私たちはこの事件の真実を明らかにするために、全ての証拠を正確に分析する必要があります」


 少年探偵は「すでに真実は明らかですよ」などと宣ったが、最終的には彼が採取した証拠の物品やメモの一部を俺たちと共有することに同意してくれた。これにより、少なくとも証拠の一部については、その存在と状態を把握することができるようになった。


 証拠の信頼性を確保するため、俺たちは少年探偵から得た情報を基に、独自の検証を進める。

 これには、現場での追加調査、目撃者の再尋問、そして実験室での詳細な分析が含まれる。

 証拠が少年探偵によって採取されたことの影響を最小限に留めるため、科学的な根拠に基づいた厳密な検証作業を行うのだ。


 ……なにせ、彼ら()()()は民間人だ。捜査の権限などない。

 本来は、勝手な現場検証など犯罪なのだが、メディアが彼らを祀り上げてしまっているので、下手な対応はできない。


 だからこそ、一連のプロセスを通じて、俺たちは事件の真相に近づいていく。

 少年探偵の介入は、捜査に余計な手間を加えたが、俺たち鑑識官の冷静かつ精密な捜査手法が、最終的に真実を明らかにすることになる。



 少年探偵から得た情報と俺たちが独自に集めた証拠を元に、実験室での分析が始まった。証拠の一部が少年探偵によって採取されたという事実は、俺たちの分析作業に余計な課題をもたらす。

 証拠の信頼性を確保するため、俺たちは二重の検証プロセスを採用することになる。

 まず、少年探偵が提供した証拠の情報と、現場から独自に収集した証拠を比較し、両者の一貫性を確認する。

 次に、可能な限り、彼が関与する前の証拠の状態を推定し、科学的分析を行う。


「この繊維片、枝川少年が持っていた証拠の中にも同じものがあった。でも、我々の手にあるこれは、彼の介入がない現場から直接採取したものだ。これが一致すれば、彼の影響を受けずに済む証拠として立証できる」


 実験室内で、静かながらも緊張した空気が流れる。微量の繊維片を顕微鏡で観察し、分析を進める。この作業は、証拠の信頼性を確かなものにするために不可欠だ。分析結果が出るまでの間、捜査チームは他の証拠の分析を進める。


「指紋の分析結果が出たよ。枝川くんが提供したものと完全に一致している。これは、彼の手によるものだとしても、凶器を被疑者が触れたことを示している」


 このようにして、1つひとつの証拠が真実を紐解いていく。少年探偵が採取した証拠に頼らざるを得なかった部分もあるが、俺たち自身の厳格な分析を通じて、その証拠の信憑性を裏付けることができた。

 そして、独自に収集した証拠と合わせて、事件の全貌が徐々に明らかになっていく。



 ――犯人の自供があるなら、こんな捜査など不要。

 と思う者もいるだろう。

 実際、俺も配属当時は思っていた。


 だが、捜査の過程で、犯人が初めに罪を認めた後、弁護士との接見を経て犯行を否認するという展開はよくある。

 それでなくとも、裁判官が名探偵たちが示した証拠を却下することはよくある。


 感情的には腹立たしいが、法治国家だ。

 何の権限もない、一民間人が好き勝手にいじり倒した「証拠」「証言」が裁判で通用するか?

 いや、通用させて良いか?


 否。


 断じて、否。


 だからこそ、この状況下で俺たちが集め、分析した証拠の重要性はさらに高まる。


「名探偵による証拠のでっち上げ」説を覆すには、俺たちの証拠がクリアで、反論の余地のないものである必要がある。


 裁判が始まれば、俺たちの集めた証拠が法廷で重要な役割を果たす。名探偵たちが提供した証拠と、俺たちが独立して確保し、分析した証拠の両方が、犯人の罪を明らかにする証拠として提示される。


「最終的に、科学が真実を語る」


 俺たちは、名探偵たちの介入があったとしても、証拠の信頼性と、正確な科学的分析こそが、真実を明らかにする鍵となると信じている。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 民間人名探偵ものに出てくる警官は、得てして振り回されるか馬鹿にされるか、或いは共同作業者と言う位置付けの印象です。 そうではなく、名探偵に溜息を吐きつつも犯罪に向かい合う、善なる主人公であ…
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