はじめて、彼女の家に…
「おはよう、深月君!」
家を出て、いつもの通学路を歩く。すると、いつも待ち合わせの場所にしているコンビニの前に、春風がいた。春風は俺に気づくと、ぱあっと表情を明るくさせながら、俺のところにパタパタと駆けてきた。いや、俺の彼女、可愛すぎん?
「おはよ、春風。ごめん、待った?」
「ううん、今来たところだから!」
「そっか。じゃあ、行こっか」
俺がそう言うと「うん!」と春風は嬉しそうに微笑みながら、俺の隣に来て並んで歩き出す…何だか、いつにも増して可愛い。
「!…深月君?」
少し歩き出したところで、俺は隣で揺れていた春風の手を、きゅっと握った。登下校中に手を繋ぐのは初めてだった。
「…いいの?見られたらからかわれるからって、登下校の時は手繋げないよって言ってたけど…」
「…うん。今日の春風、いつにも増して可愛いからさ。なんていうか、他の男に牽制?してるつもり─…」
そう言いながらだんだん恥ずかしくなってきて、俺は春風から視線をそらした。普段そんなこと言わないのに、俺は何言ってるんだ?ってなった。自分の言葉がだいぶ恥ずかしかったのか、頬や耳がほんのり熱くなった。たぶん、赤くなってる。すると。
「ふふっ、深月君耳まで真っ赤だよ。恥ずかしいなら無理しなくていいよ」
と、春風はクスクスと笑いながら言った。
「いやなんか、自分の言葉に恥ずかしくなっちゃったっていうか…てか、春風と手繋ぐのは恥ずかしくないから。それに、牽制はほんとだし。だって、春風…まじ可愛いからさ」
「も~…ほんと、朝からどうしたの?可愛い可愛いってそんなに言われたら、さすがに照れるって!でも…すごく嬉しい。ありがと!」
ぎゅっと。握る手の力を強め、春風はとびきりの笑顔を俺に見せた。ドキッと、俺の胸が強く大きく揺れる。
「…少し、いいかな?」
「ん?なぁに?」
────────…
俺は春風の手を引いて近くの木陰に行くと、春風にキス…した。
「…最近、深月君たくさんキスしてくれるね」
「嫌…かな?」
「ううん、とっても嬉しいっ!」
黒髪のボブを風に揺らしながら、微笑む春風。その笑顔が可愛くて、俺はまた春風の唇にちゅっとキスする。
「あ、そうだ!今日、学校終わってお昼ごはん食べたらさ、私のお家に来ない?」
「え?どうしたの、急に」
「明日から中間テストでしょ?それで今日から短縮授業で早く帰れるからさ。何処かで一緒に勉強したいなーって。私…今回の数学があんまり自信なくて。で、深月君、数学得意でしょ?」
「得意って言うか、まあ、教科の中では一番好きだけど…」
「お願い!私に数学を教えてください!」
春風は手を合わせて、そう俺にお願いした。
「うん、うまく教えられるか分からないけど、いいよ」
「ほんと!ありがとうございます、前川先生!」
「なんだよ、前川先生っ─…て」
俺が話してる途中。春風は俺の左肩に両手を乗せそして、背伸びをしながら…俺の頬に〝チュッ〞とキスした。
「それより早く学校行こ!遅刻しちゃう!」
春風は俺の手を引いて、パタパタと駆けだす。
春風にキスされた左頬がほんのりあったかい。唇を重ねたキスも良いけど、頬にするキスも良いな─と。春風に手を引かれながら、俺はキモい顔で(多分)にやついていた。
◇
「─じゃ、帰ろっか」
「そうだね」
授業を終え。春風と教室でお昼ごはんを食べ終えて少しおしゃべりをした後。俺と春風はスクールバッグを持って教室から出た。
「深月君って、まだ私の家に入ったことなかったっけ?」
「うん、今日が初めてだね」
何度か春風の家の前に行ったことはあったけど、まだ春風の家に上がったことはなかった。そう…春風の家に…女子の家に上がるのは初めてで。だから、めちゃくちゃにドキドキしてる。いや、最近一人暮らしの女性の家には何度か上がったけど…でも、それとはまた違った緊張感がある。
「あ、そういえば今日、家に誰かいる?」
「うん、今日はお母さんがいるよ」
「そっか、コンビニで何か手土産?みたいなものでも買おうかな?」
「え?そんなのいいよ!」
「いやでも、手ぶらでお邪魔したら失礼かなって…」
「いやいや!そういうのはいいよ!大丈夫だよ!」
「…そう?」
「そうだよ!も~…深月君ほんと真面目なんだから!」
だんだん、春風の家が近づいてくる。だんだん、鼓動が強く早くなってくる。変な冷や汗が毛穴から吹き出てくる。緊張、する。
「ねぇ深月君、なんか顔色悪いよ?もしかして体調悪いとか?大丈夫?」
心配そうな顔で俺のことを見ながら、春風は聴いてきた。
「いや、体調は悪くないよ。なんか、緊張してるだけ」
「え~!何で?ああ、お母さん?大丈夫だよ、私のお母さん優しいから」
「いや、お母さんもそうだけど─…」
「?」
もちろん、春風のお母さんのこともあるけど…それよりも、彼女の家に上がるっていうのが、何かよく分からないけどすごく緊張する。
俺が冷や汗をかきながら緊張していると。
─…ぎゅっ。
「春風?」
春風は、冷や汗で濡れている俺の手を握った。
「ふふっ、手汗すご。どんだけ緊張してるの?…大丈夫、なにも心配しないで」
俺の手を握る、春風の手。ちいさくて柔らかくて…なにより、あったかくて。緊張でカッチカチに固まっていた俺のこころが…春風のあったかさでほぐれていく。
「…ヘタレでごめん。それと、ありがとう」
握られた手をぎゅと握り返しながら、俺は春風にそう言った。
春風と手を繋ぎながら歩いていると、春風の家に着いた。春風のおかげで緊張がほぐれていたけど、でも家の前に来るとやっぱちょっと緊張してくる。
すると。
「─あ!そうだ、忘れてた~…」
「へ?何を?」
「今日、お母さん仕事休みだけど、友達と出掛けるからいないんだった…」
「…へ?」
「よかったね、深月君!お母さんいないから緊張しなくていいよ!」
「え?あ…はい」
─いや、それはそれで緊張するんだけど。
だって、春風と2人きりってことでしょ!?
ええ!?