雨とお姉さんの狭間
日曜日。
空にびっしりと、灰色の雲が敷き詰められていた。そのせいか、まだ昼の14時なのに、夕方のように辺りが薄暗い。
お姉さんから借りた、上下グレーのスウェットをビニールバッグに入れ、反対の手には傘を持っていた。天気予報では、雨は夕方から降るって話だったけど…今にもどしゃ降りの雨が降りそうで。
「…お姉さんいるかな?」
ぽつりとそう言うと、俺はお姉さんの家のインターホンを押した。
────ピンポーン…
少し緊張しながらインターホンを押したが…返事がない。物音もしない。
「…いないのかな」
もう一度インターホンを押すと、奥からこちらに向かってくる足音のようなものがした。そして。
『はぁい?どちらさまですかぁ~?』
インターホン越しに、お姉さんの声が聞こえてきた。何だか少し、呂律が回っていない感じがした。
「あ、あの、俺です。前川深月です…あの」
俺が言葉を言いきる前に、ドアが勢いよく開いた。
「きゃ~深月くん!お姉さんに会いに来てくれたの~!嬉しいっ!」
声をあげ、お姉さんは両腕をめいっぱい広げながら俺に思いきり抱きついてきた。お姉さんのやわらかくて大きな胸が、俺の胸にむにゅんと押しつけられる。
…てかなんか、お酒くさい。
「ちょおっ!?離れてください!」
「いいじゃぁん!減るもんじゃないし」
「こっ、こんなところ見られたらまずいですってば!」
「別に変な関係でも無いし~ダイジョブダイジョブ!」
「も、おっ!」
俺は、抱きつくお姉さんを体から無理やり引き離す。すると、俺はお姉さんの格好を見て驚く。
上はキャラクターのプリントがされた、白い大きめのTシャツを着ていて、下は─…水色のパンツのみ、だった。
「おっ、お姉さん!下!パンッ…ズボン!穿いて下さい!!」
俺はお姉さんから目を反らし、そう言った。
「あ、ごめんごめん、パンツのまんまだった。それより、あがってあがって!一緒に飲も!」
お姉さんは俺の腕をぐいぐいと引っ張り、玄関に引っ張り込む。
「いやあの、前にお姉さんに借りた洋服を返しに来ただけですから!」
俺はそう言いながら、持っていたビニールバッグをお姉さんに渡した。
「あ~…忘れてた。わざわざ洗濯してくれたんだ~ありがと~」
ビニールバッグから畳まれたグレーのスウェットを取り出して、お姉さんはくんくんと匂いを嗅ぐ。
「う~ん、私のお家の柔軟剤が強いけど~少し、深月君の香りがするぅ」
へらへらと笑いながら、グレーのスウェットを抱きしめるお姉さん。
「と、とにかくちゃんと返しましたからね。あの時はありがとうございました。それじゃ─…」
くるりと外の方に振り向いて帰ろうとした時、だった。
がしっ。
と、俺の腕が掴まれ…そして。
ふにゅんっ。
掴まれた俺の腕に、お姉さんのやわらかくて大きな胸が、むぎゅっと押しつけられた。
「ちょ、あの…!」
むぎゅぎゅと、お姉さんの胸に沈んでいく、俺の腕。やわらかくてあったかくて…押しつけられてる方の腕が熱くなり、そこから一気に体の中心に熱が集まっていく。胸の鼓動が、加速する。
「…ねぇ、あがってってよぉ」
と、上目遣いをしながら、甘え声で言う。お姉さんだけど、可愛い…なんて思ってしまう。
そんな、可愛い表情と声で言われたら…『はい』と頷きたくなる、けど。
「いえ、用件は済んだので帰ります…」
そう、俺が言った時だった。
─────パラッ、パラパラパラパラ…ドザアアアア!
パラパラと雨が降り始めたかと思えば、以前のようなバケツを溢したような大雨が降りだした。
「げぇっ、降ってきた。傘持ってきた…けど」
この雨じゃあ、傘を被ってもずぶ濡れになりそうだな。そう思っていると。
「雨降ってきちゃったね。…ねえ、こんな大雨じゃ傘被っても濡れちゃうからさぁ、雨が落ち着くまで私のところで雨宿りしてってよ。ね?」
むぎゅぎゅと、更に俺の腕にお姉さんの胸が沈む。ほんと、やわらかくてあったかくて…きもちいい─…じゃなくて。
「い、いや、用事があるんで帰りま─…」
俺の腕に絡み付くお姉さんを引き剥がすと。
ギュッ!
今度は俺の身体に、お姉さんは抱きついてきた。そして。
「…さみしいから、一緒にいてよぉ。…お願い」
上目遣いで俺のことを見つめながら、猫撫で声で言う。本当に寂しそうな眼だ…。
ザアアアア───…
少し開いた玄関のドアの向こうから、地面を激しく叩く雨の音が聞こえてくる。
「…わかりました。雨が軽くなるまで…お邪魔します」
そう言って、俺はドアを閉めた。