大人の女性
「うわ~…すげー降るじゃん」
学校帰り。家に向かって歩いていると、急にどしゃ降りの雨が降ってきて、俺は慌ててその辺のアパートの軒下に逃げ込んだ。
「うーっわ、秒で服がびちゃびちゃ。もう少しで家だし、服とか完全にびちゃびちゃだから走って帰りたいけど~…スクバに安田から借りた漫画が入ってるんだよなー…」
スクールバッグのチャックを開けて中を確認する。スクールバッグの外側は少し濡れてしまったが、借りた漫画を濡らしたくないからと、スクールバッグを咄嗟に胸に抱きしめたおかげで、友人の安田から借りた漫画は濡れていなかった。
「あ~あ…早くやんでくれないかな…」
ため息を吐きながら、バケツの水を溢したように降る雨を見上げていると。
──ピチャン…
「こんにちは」
ふいに女の人の声がして、その方に振り向くと。
「あっ、こ、こんにちは…」
そこには、ビジネススーツを着た20代前半くらいの女の人が、濡れた黒い傘を持って立っていた。色白で眼がパッチリとしていて、綺麗な女性で。そのお姉さんを一目見た瞬間、俺の胸がドキッと高鳴った。
「…見かけない顔ね。雨宿り中かな?」
「あ、はい。急に大雨が降ってきたので、ちょっとだけ雨宿りさせていただいてます。ここのアパートの住人じゃないのに…すみません」
「ううん、気にしないで」
そう言って、そのお姉さんはにこっと優しく微笑んだ。俺の胸がまたドキッと高鳴った。
カツコツカツ…
お姉さんが俺の隣を横切った瞬間。甘く優しい香りがふわっ…と、俺の頬を撫でた。同級生の女子らから匂ったことのない、大人の匂いだ。
お姉さんは、俺の立っていたすぐ横のドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。どうやらそこが、お姉さんの部屋のようだ。
カチャッとドアを開けると。
「入っていいわよ」
「へ、え?」
「この雨しばらくやみそうにないし…濡れたままでいたら風邪引くわよ」
「いやその、いいです。大丈夫ですから…」
「どうせ私一人暮らしだし…気にせず上がりなさい」
そう言いながら、お姉さんは俺の腕を引っ張って玄関に入れた。いや、一人暮らしの女性なら尚更、高校生とはいえ、見知らぬ男を家に上げちゃまずいんじゃないかな…と、俺は内心で思った。
「あのほんと、ほっといても大丈夫ですから…」
「こんなびしょびしょのままでいつまでも私の部屋の前で立ってると思ったら、気になってしようがないわよ」
「う…すみません」
「なんて、冗談よ。雨が軽くなるまで、ひとりぼっちで寂しいお姉さんの話し相手になってほしいなってさ」
黒のパンプスを脱ぎながら、お姉さんはそう言って俺ににこっと微笑んだ。なんだか、寂しそうな微笑みだ。
「だから…遠慮しないで上がって、ね?」
そんな表情で言われたら…
「…わかりました。お邪魔します」
俺はドキドキしながら、お姉さんの家に上がった。
◇
「どう?着れた?私の服だから、君にはちょっと狭いでしょ?」
「あ、はい、少し狭いですけど、なんとか着れました」
家に上がると、お姉さんは俺に上下グレーのスウェットとバスタオルを渡し、洗面所に案内してくれた。俺は渡されたバスタオルで体を拭いて、スウェットに着替えた。バスタオルやスウェットからは、その人の甘く優しい大人の香りがして、ドキドキ音がさらに加速した。スウェットを着るとまるで、お姉さんに抱きしめられているような─…なんて、気持ち悪いことを考えようとして、頭を横にブンブンと振った。
「ココアでよかったかな?」
「は、はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「はい、ここに座ってね」
「はい」
コトンと、お姉さんはテレビの前の小さなテーブルにココアの入ったカップを置いた。俺はおどおどしながら、コップが置かれたテーブルの前に座った。お姉さんは自身のカップを俺の右斜め隣のテーブルにコトンと置くと、そこに座った。お姉さんのカップからはブラックコーヒーの匂いが漂ってきた。
「君は…高校生?」
「は、はい」
「何年生かな?」
「2年です」
「2年生かぁ…じゃあ今、17歳くらいかな?」
「はい、17です」
「そう…」
カチャッ…と、お姉さんはカップを持ち、こくり…と一口飲んだ。コトン、とカップをテーブルの上に置くと、真っ白いカップの縁に、うっすらと桃色の口紅が…お姉さんの唇の跡がついていた。
「…名前」
「は、はい!」
「君の名前…聴いていいかな?」
「あっ…深月です。前川深月です」
「ミツキ君か。ミツキは漢字で書くとどんな字なのかな?」
「えと、深いの『深』と、お月様の『月』で『深月』です」
「へぇ、素敵な名前ね。深月君にぴったり」
「あ、ありがとうございます。その…あの~…お姉さんの名前も聴いてい…」
「寒いと思ったら…私まだ着替えてなかった。傘被ってたけど、ちょっと濡れちゃったのよね。ごめん、ちょっと洋服着替えるね」
後半、ごにょごにょと小声で言ってしまったせいで俺の声がお姉さんに聞こえなかったのか、言葉を重ねられてしまった。お姉さんはそう言うと、立ち上がって部屋の隅っこに行くと…
────するっ…
「え…?」
お姉さんは俺の目の前でスーツの上着を脱ぎ、そして。
ぷち…ぷち……
「え…ぇぇ?」
スーツの上着を脱ぎ捨てると、今度は真っ白いブラウスのボタンをぷちぷちと外しはじめた…
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