第八話 宵闇の狙撃手
ガライアVの夜は赤茶けた大地と灰色の空に包まれている。
採掘場では鉱山労働者たちがいつものように作業を行っていた。
しかし薄暗い空の下、ガライアVの鉱山施設に緊張が走っていた。
「くそっ! どこから撃ってきやがる…!」
作業員の一人が壁の陰に身を潜めながら叫んだ。
数秒前、見張りの一人が頭を撃ち抜かれ、その場に倒れた。
銃声は響かなかった。
消音機を使っているのか、長距離からの狙撃か。
あるいは両方か…
「狙撃手がいる…!」
鉱山に隣接するバーナム鉱業の拠点。
以前からカイロン社の襲撃を警戒し、作業員たちによって厳重に守られていた。
そして何度もロボットによる襲撃を防いできた。
だが、今回は違った。
敵は戦闘用ロボットの部隊を送り込むのではなく、たった一人の狙撃手を送り込んできたのだ。
最初の一撃からわずか数分で、見張りや作業員が次々と倒れた。
ダン・ウェルナーはキャケロビャのコックピット内にいたが、敵が狙撃手である以上、巨大な機体は格好の的になる。
「こいつを動かしたら狙われる…! このままじゃ何もできねぇ…!」
ダンは一度キャケロビャを拠点の影に隠し、コックピットから飛び降りた。
今の戦いに必要なのは、重機動メカではなく、人間の判断力だった。
静かなる死神を捜す。
それが今できることだった。
「くそっ、どこにいる…!」
ダンは身を低くしながら、周囲を見渡した。
しかし、敵の位置は特定できない。
狙撃手はおそらく高所にいる。
鉱山施設のクレーンか、遠方の岩山の上か。
次の瞬間、銃声すら聞こえないまま、そばの金属板に小さな穴が空いた。
「…うおッ!」
息をのむダンの脳裏に、戦場経験のある仲間たちから聞いた話がよぎる。
『カイロン社には精鋭スナイパーがいる。標的が気づいたときには、すでに死んでいる』
その名は『ナッシュ・フェルド』…と。
「逃げ道は地下だッ」
敵の位置を特定しない限り、動けば撃たれる。
かといって、このままでは状況が悪くなる一方だ。
ダンは慎重に周囲を見回し、かつての廃鉱山の入り口を見つけた。
「…地下なら、狙撃はできねぇはずだ」
ダンは息を殺しながら、慎重に廃鉱山の入り口へ向かう。
その瞬間、背後の金属板が、まるで紙のように貫かれた。
空気を裂くような、弾丸の音。
「っ…!」
即座に地面に伏せたダンの額に、一筋の汗が伝う。
もし半歩遅れていたら、今頃は確実に死んでいた。
狙撃手はすでにダンの行動を読んでいたのだ。
「こいつ…やばい…!」
だが、それでもダンは諦めなかった。
全力で地面を転がるようにして廃鉱山の中へと滑り込んだ。
これで、敵の視界からは消えた。
狙撃手からは、必死で逃げるだけの作業員に見えただろう。
廃鉱山の内部は真っ暗だった。
ダンは壁を手探りしながら奥へ進む。
「はあ…はぁ…」
真っ暗な廃鉱山の中、ダンは荒い息を整えながら壁に手をついた。
背後で微かに聞こえる風の音が、洞窟内に不気味に響く。
しかし、それ以外の音はしない。
静寂が廃鉱山を支配していた。
「やつの位置は変わってねぇはずだ」
敵は拠点の真正面から狙撃していた。
ならば、狙撃の起点となる場所は限られる。
さっきの銃弾の角度や着弾地点を考えれば、狙撃地点は鉱山の大型クレーン上か、その奥の監視塔のどちらか。
この鉱山の作業場を知り尽くしたダンだからこそできた予測だ。
「…よし」
ダンは鉱山内部の地図を思い浮かべた。
この廃鉱山には、かつての鉱石運搬トンネルが地下深くまで続いている。
運搬用のエレベーターは今は機能していない。
だが、その周囲に残された作業員用の狭い通路なら敵のいるであろうエリアのすぐ下まで進めるはずだ。
地上の狙撃手に対抗するには、地中から奇襲するしかない。
ダンは慎重に身を低くし、崩れかけた鉱道をゆっくりと進んでいった。
「…」
足元には長年放置された鉱車の残骸や、折れた鉄パイプが散乱している。
少しでも大きな音を立てれば、狙撃手に感づかれるかもしれない。
ダンは息を潜め、慎重に一歩ずつ前進する。
カサッ…
突如、足元の砂が崩れた。
「っ!」
咄嗟に壁に身を寄せ、動きを止める。
砂利が崩れる音がトンネル内に響いたが、それ以外に反応はない。
ダンはゆっくりと息を吐き、再び前へ進み始めた。
やがて、頭上からかすかな電子音が聞こえてきた。
ライフルのスコープ調整音だ。
それ以外、ありえない。
「…これで、あいつの位置は確定だ」
ナッシュは依然として、鉱山の大型クレーン上に陣取っている。
ならば、このトンネルを抜けた先の廃坑出口から地表に出れば、敵の足元の真下にたどり着ける。
狙撃手の天敵は、予測不能な角度からの攻撃だ。
ダンは手早くポケットから信号弾を取り出し、発射準備を整えた。
トンネルの出口は、崖下の廃棄場に続いていた。
そこから見上げると、鉱山のクレーン上に黒い影がいた。
標的が気づいたときには、すでに死んでいる。
『ナッシュ・フェルド』、カイロン社の狙撃手だ。
長身の体に夜の闇に隠れるための黒いスーツを纏い、愛用のライフルを構えている。
その姿はまるで獲物を待つハンターのようだった。
「…野郎ッ!」
ダンは慎重に息を潜め、手元の古い信号弾を取り出した。
鉱山の作業員が使うものだが、高温の閃光を発する。
そのため、夜間作業では目を焼かれるほどの強烈な光を放つ。
ダンは狙いを定め、トンネルの出口から信号弾を放った!
真っ赤な光が一瞬でナッシュの視界を焼く。
「うおッ!」
突然の信号弾に、視界を一時的に奪われるナッシュ。
ナッシュが反応した瞬間、ダンは岩を蹴って一気に駆け上がった。
クレーン上へと続く梯子を勢いよく登る。
そしてナッシュの足元にあった金属板を思い切り蹴り上げた。
金属板が跳ね上がり、ナッシュの足元を直撃した。
「ぐっ…!貴様…」
バランスを崩したナッシュがわずかに態勢を崩す。
狭いクレーンの上だ、逃げ場はない。
その隙を見逃さず、ダンは廃材の鉄パイプを振りかぶる。
強烈な一撃がナッシュのライフルを弾き飛ばした!
「ッ…!」
ナッシュの愛用ライフルがクレーン下へと転がり落ちた。
すぐに短刀を抜き、応戦しようとするナッシュ。
しかし、ダンはさらにパイプを振り回して距離を取らせない。
「ふっ…やるな」
ナッシュは舌打ちし、素早く懐からグラップリング・ワイヤーフックを取り出した。
瞬く間にワイヤーをクレーンのアームに巻き付け、ナッシュは軽やかに下層の崖へと飛び降りた。
「逃げたか…!」
ダンは荒い息を吐きながら立ち尽くす。
ライフルを失ったとはいえ、ナッシュはまだ無傷。
だが、彼にとっての最大の武器である狙撃が封じられた以上、これ以上の戦闘は無意味と判断したのだろう。
ダンはようやく腰を下ろし、空を見上げた。
「…ったく、相手にならねぇよ…」
しかし、この戦いでダンは確信した。
ナッシュ・フェルドは、まだ終わっていない。
カイロン社が送り込んだ精鋭スナイパーは、一度敗れたからといって諦めるような相手ではない。
「…次は、もっとヤバい手を打ってくるかもしれねぇな」
ダンはこぶしを握りしめ、再び拠点へと歩き出した。
拠点へ戻ると、仲間たちは負傷者の手当てをしていた。
「ダン、お前…まさか、狙撃手を追い払ったのか?」
「まぁな…だが、また来るぞ」
ダンはナッシュの冷たい視線を思い出しながら、拳を握りしめた。
この戦いはまだ終わらない。
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