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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

暮れなずむ君を追いかける

作者: やまは

藤孝は何気なく空をみやった。

いつも俯いて歩いているが、不意に首が辛くなったのだ。

夕焼けに染まった帰り道は、地面とは全く違う景色で、一気に世界が広がったように思った。

けれども、自分はまた地面に視線を戻す。

広がった景色。そこには見たくないものもあったのだ。

前を行く黒い人影。巫山戯合って、楽しそうなそこに、自分は入れず俯くのだ。


小学生時代の夕暮れの情景を思い出すと、少し暗い気持ちになる。

別に木の枝でチャンバラごっこするなんて、何でもないじゃないか。

帰り道が同じだった兄貴と友達と普通に遊んでいた。ただ、たまに輪に入れないこともあった。

だがそれがなんだ。学校で他の友達はいたから俯く理由なんてない。


それはまあ、兄貴は少し苦手だった。

3歳上の兄貴は、何かにつけていじめてくることがあったが、お互い小学生の間は一緒に帰るよう言い含められていた。

小学校と中学校で分かれてしまうと、さすがに時間が合わなくて、もう一緒に帰ることはなくなったし、

お互いの存在は希薄に、同じ屋根の下で暮らす同居人。

そして俺が高校生の今、兄貴は大学生。たまに顔を合わせれば話すが、喧嘩なんてしない。いじめられもしない。

過去を振り返れば、何がそんなに俯くことがあったのか、当時の俺に聞いてみたい。


よく晴れた初夏の夕暮れ、部活のない日にのんびり歩いていると、あの時の景色がダブって感情が蘇るのだ。



「兄貴、今日は家で飯食うの?」

朝ごはんを食べていると、兄貴と顔を合わせた。

大学2年生になった兄貴は、バイトに勉強に忙しく、外食が増えた。

今日の食事は俺が当番だったので聞いてみた。

「いや、今日はサークルの飲み会。今晩なにすんの?」

「うーん。お好み焼きかな」

手軽に用意できるメニューしかできないが、母はそれでも家事手伝いをする息子に喜んでくれる。

兄貴はそっかと相槌を打って、「俺の分も焼いといて」と言った。

「いいけど、明日食べんの?」

「いや、夜食。今日の飲み会、多分飯が少ないんだよな」

「わかった」

「ありがと」

まあ、兄貴は別に味にこだわりはないみたいだし、父は、、、感想を聞いたことはない。

お好み焼きなんて、大量に焼いて冷凍しておいてもいいくらいだ。

1枚増えても同じだし、この際多めに作っておこう。

日々の暮らしのために手を動かすのは性に合う気がする。

お好み焼きなら、味噌汁とご飯で十分だな。

味噌汁の具には、昨日の残り物を使おう。

母に献立を言ってみると、いいんじゃないとお言葉をもらえた。




「ただいま~」

「お邪魔します」

夜遅く。兄が友達を連れて帰ってきた。

何度か酔っ払ってどうしようもなくなった後輩や、終電を逃した同期を連れて返ってくることがあったので

驚かないが、今日は3人も連れて帰ってきた。

さすがに兄貴の部屋だけでは入らないので、一人だけ俺の部屋に布団を入れることになった。

「もう、こんなに酔っ払って」

母は顔をしかめるが、兄に友人がいることがどことなく嬉しそうだ。

既に掛け布団はなくてもいいくらいの季節だったので、タオルケットで我慢してもらい、なんとか寝床を

設えた。

「弟さん、お邪魔します」

「どうも。弟の藤孝です。すみません、狭くて」

てっきり兄貴が来ると思ったら、兄の同期の樺倉という男が俺の部屋に来た。

樺倉はあまり酔っていないが、酔っぱらいの介抱をしているうちに終電を逃したのだという。

深夜を過ぎていたが、突然の来訪で目が覚めてしまったので、樺倉と少し話した。

「昔、俺もこの辺住んでて、お兄さんと遊んでたんだ」

「へえ。今は?」

「中学入学の時に地方に引っ越しちゃったけど、大学はこっちで下宿してる。けど、ちょっと遠いんだよね」

夜なので声を落として話す。その情景に、少し記憶が刺激された。

「兄貴の友達っていうと、達也って人かな。昔おんなじように泊まりに来て、なんか話したことあるけど」

「ああ、僕だね。樺倉達也。覚えててくれたんだ」

「いや、今ちょっと思い出しただけ」

弾むような声音に怯んだ。

実際、達也との思い出は薄い。兄貴と一緒に行動していて、たまに兄貴がいじめてくると庇ってくれた。

優しい上級生ということ以外覚えていない。

それでも何度か遊んでいるはずだが。

「お祭り、行ったっけ」

「嬉しいな。僕も覚えてるよ」

「花火が綺麗だった」

「そうだ、今度、夜店が出るみたいなんだけど、一緒にいかない?」

「え?」

「あ、ごめん。ちょっとテンション上がっちゃって。でも、せっかく会えたんだし、遊ぼうよ」

「まあ、いいけど。そんなに仲良かったっけ?」

「うん」

相手の感情に同じ熱量を返せず申し訳ないが、遊ぶくらいならいいか。

兄貴とも遊ばないのに、その友達となんて大丈夫だろうか。

翌日、明るい陽の下で見た樺倉は茶髪で活発な好青年で、お好み焼きを美味しいと言って笑っていた。

連絡先を交換して、あれよあれよと予定が決まる。

じゃあ、また今度と別れたときは、その手際の良さに感心した。



「藤孝、達也と遊んでんだって?」

夏の盛り、俺は高校最後の夏を勉強に捧げていることになっているのだが、実際には何かと息抜きで遊んでいた。

「それもあるけど、勉強も見てもらってる。明日もくるよ」

「あの達也がねぇ」

どういう意味か聞くと、「あいつは守銭奴だ」と。遊びの延長で無償で勉強を教えるなんて考えられないと言っていた。

確かに、無償なんて悪いと思って何度か聞いたのだが、達也自身は、勉強以外の遊びに付き合わせているから

それで帳消しと言っている。

達也と遊ぶと言ったって、一緒にごはんを食べたり、映画を見て感想を言い合うくらいの付き合いなのだが。

達也の好意を無碍にするのも憚られて、今はふとした空き時間に少し教えてもらっている。

ブーブー

「お、誰?達也?」

今日は待ち合わせをして早めの時間にお祭りへ出かける約束をしていた。

兄貴が鬱陶しくて答えずにメッセージを見ると、家の前に着いたとあった。

「じゃ、もう行くね」

「お熱いね~」

からかう言葉に、何をという反感と、少しの疑問が胸をよぎる。

達也は、俺を恋人のように好きなんだろうか。

少し前から打ち消している疑問をぶつけることができない。

俺は達也をどう思っているのだえろうか。

どうしたって、おの夕暮れの景色が思い出されるのだ。



デジャビュ。初めて見る光景なのに、過去に経験したことがあるような錯覚。

十何年も実家までの道を通っていれば、夕暮れの景色を見てデジャビュを体験することもあるだろう。

在り来りすぎて、果たしてそれをデジャビュと言ってしまっていいものか迷うくらいだ。

前を歩く兄貴と友人たち。その中に達也もいた。

その日は、達也がこの土地を離れるかもしれないと聞かされた日だった。

兄貴達は巫山戯ながら帰路につく。小学生の間は、お兄ちゃんと一緒に帰るのよと言い含められていたので、

どうしたって帰りを一緒にせざるをえないが、なんとなく仲間はずれの感覚があった。

達也は兄の代わりに俺の横を歩いてくれた。

兄貴と巫山戯るときもあるけど、そのときも、達也は俺を気遣ってくれた。

だから俺も兄貴の友達に混ざることができたし、達也が好きだった。

「僕、中学から引っ越すんだって」

それは決定事項だったようだ。祖父母の介護のために今も半分引っ越しているようなものだが、卒業まではこちらの家を

残して、学校へ通っているみたいだった。

「まだみんなには言えてないんだけど。まず藤くんから言おうと思ったんだ。」

卒業までは一緒に帰ろうと言われたけれど、その時ふと思ったのだ。

来年には、兄貴もいないんだと。

「そっか。寂しいな」

俯いてしまった俺を、達也は困ったように眺めていたが、兄貴達の方へしばらくすると行ってしまった。

その時、悲しかったのかもよく覚えていない。別に泣いていたわけじゃない。

ただ、この寂寞を。この感情をいい現す言葉を持たないまま、なんとなく顔を上げれなかった。

「じゃあね」「またね」

その声が聞こえてやっと顔を上げた。

黒い影達が元気に手を振る。相変わらすふざけ続ける子達もいる。

その景色を目に焼き付けて、俺はそっと視線を落とした。



少し早い時間に着いたおかげで、人ごみはましだったが、どんどん人が増えてきてしまった。

「藤くん、手、つなぐ?」

冗談半分に差し出された手を、俺は握ってみた。

「まだまだ子供だね」という達也をじっと見てみると、心なしか緊張しているように見えるが、これは願望だろうか。

別に恋だなんだと名前を付ける気はないが、それでも達也が返してくれる反応が気になって、試したくて、

それが自分への好意の表れならどんなにいいかと思った。

男ふたりで花火なんてと言いながら、人の波に逆らえず、手をつないだまま花火をみた。

はぐれないように繋いだ手は、汗で滑るので、時々握り直す。

「ね、樺倉さん」

なんだとこちらに目を向ける男を、名前で呼んでみたいと思った。

「達也さんって呼んでいい?」

彼は驚いただろうか。少しして、「いいけど、なんで今?」と冗談交じりに返してきた。

「なんとなく」と返事をしながら、手の中の彼を感じる。


夕暮れの景色に、置いてけぼりにされた感情が重なる。

でも、今俺は高校生で、もう少しすれば社会人か大学生になる。

追いかけることだってできるのだった。

この感情の重なる景色は、夜空に映える花火と人ごみ、そしてはぐれないように繋いだ手になるだろう。

彼が好きかと問われれば困ってしまう。

ただ、追いかける先は、とりあえず君にしようと思った。

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