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女神の使者  作者: 原 弘一
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吟遊詩人の詩


《素っ裸で、雪の降る夜に転移したヒメは、ライカンスロープの執事、アルベルトに救われ屋敷で目を覚ました。


そこでは、族長ヴォルフの子がアバドンに取り憑かれ、目につく物全てを喰らい続けていた。


しかしヒメは、魔王アバドンと血の契約を行い、最初の眷属とした。


こうして、村を深淵のバレッタの呪いから救ったことにより、聖女と崇められ、シルバーウルフ族が配下となったのであった。


だが、跪く皆を立ち上がらせたのと同時に、毛布が落ち、素っ裸になったのであった。》



その後、廊下に押し寄せていた村人たちは、ヴォルフの支持の元、普段の生活へと戻って行った。


ヒメはアルベルトに連れられ、客間へと通されていた。


「お待たせしました。聖女様」


ドアを開け、一礼した後ヴォルフが入ってきた。


「聖女様はやめてください」


ヒメは困惑した表情でヴォルフを見た。

ヴォルフは、アルベルトと目を合わせ眉をしかめると、再びヒメに視線を移した。


「しかし、聖女様は聖女様です」


「いいえ!ちゃんと名前があります!名前で呼んでください!」


強目の口調のヒメに対して、ヴォルフは違う意味で驚いた。


「お、お名前で呼んでも宜しいのですか!?」


ヒメはニコリと笑った。


「はい。勿論です。私の名前は『姫』です『北野 姫』と言います」


ヴォルフとアルベルトは、お互い顔を見合わせて叫んだ。


「「ヒメ様!!」」


そしてヴォルフは興奮した様子で続けた。


「素晴らしいお名前です。聖女様にピッタリのお名前です!」


ヒメはしまった!と思った


(名字を付けたから貴族だと思われたかな……)


見当違いな事を考えるヒメに対し、ヴォルフとアルベルトは興奮した表情でヒメを見ていた。


「この地は、ルファーン大陸の北にありますゆえ、やはり我らを救う為に現れたのですな……ヒメ様」


ヒメは話題を変えようと、バレッタの話を持ち出した。


「このバレッタには、どうしてアバドンが封印されているのですか?」


「アバドン!それには奈落の王が封印されていたのですか?通りで……」


(あれ?これも言わない方が良かったのかな?)


ヴォルフとアルベルトは、グイッと顔をヒメに近付けた。


「は、はい?」


ヒメはその圧に堪らず、頭を後ろに下げながら返事をした。


「失礼しました」


それに対して二人は顔を戻すと、アルベルトがヴォルフのために椅子を引いた。そしてヴォルフはそれに深く座ると、何かを決意したようにヒメを見つめた。


「少し長くなりますが、私の話を聞いて頂けますか?」


絶句したヒメに、ヴォルフは静かに話し始めた。


「数日前、この村では、瞬く間に干からびてしまうという、原因不明の病が発生しました。主に女性が発症しました。しかし、干からびた者に触れた者や、近づく者までも、昨夜の私の腕のように干からびてしまいました」


今のヴォルフの腕は干からびておらず、精気に満ち溢れていた。


(元に戻ってる!何かの魔法か、回復アイテムを使ったのかな?)


「この病の最も恐ろしいところは、腹が空いて干からびても、誰も死なぬ事です。聖女様もご存知の通り、死なぬどころか近寄って来るのです。離れても近寄ってくる。そして触れた者からまた一人、干からびていく。そうして村に広がって行ったのです……」


「干からびた人たちは、死なないのですか?」


「はい。食事を摂ると数日後には元に戻ります」


執事のアルベルトが答えた。


(魔法じゃなかった。ご飯を食べたから戻ったんだ)


「何かの呪いなのではないかと、呪術師や占い師を呼びましたが、誰にもこの病を止める事は出来ませんでした。

そして、我がシルバーウルフ家はこの町の領主です。我が子シルヴァは、この奇病の原因を解明するべく、自ら町中を調べて廻りました」


「あの緑の人ですか?」


「そうです。シルヴァは怪しいのが、その緑のバレッタだと突き止めました。しかし、シルヴァはバレッタに触れてしまいました。

それからというもの、我が家は地獄となりました。

シルヴァは食べても食べても痩せていき、食料が無くなると、食器や、家具を食べ始めるようになりました。それをさせまいと、妻は進んで精気を吸わせるようになりました。干からびては食事を摂り、回復しては精気を吸わせるの繰り返しです。我々は途方に暮れました」


「シルヴァ様に触れる事さえ叶わなくなりました」


アルベルトが付け足した。


「しかし昨日、この町の酒場に、ふらりと立ち寄った吟遊詩人が、奇妙な詩を謳ったと聞きました。これをご覧ください」


ヴォルフはアルベルトを一瞥すると、アルベルトは羊皮紙を広げた。そこには見たこともない文字が並べられていた。


(字が読めない)


しかしそれは、クネクネと動き出し日本語に変化した。


「読める!

『双子の眉は 向かい合い 表が裏が 選り分ける

影より白き 箱の世に 現れ救う 紫叉の聖女』

ですね。これが何か?」


「はい。私は直ぐに吟遊詩人を探しましたが、不思議な事に、その吟遊詩人は何も覚えていなかったのです。

そして、何故かこの詩を耳にした時、何の根拠もありませんが、私を含め町の者皆が、この詩に希望を持ち始めました。藁にもすがる思いだったのでしょう」


「詩にですか?何の信憑性もないのでしょ?」


「しかし、確証はありました。何故なら、あの詩は昨日の、この地の事を謳っておりました。

まず『双子の眉』とは二つの月が三日月になる事であり『向かい合い』とは、三日月が向かい合う日、つまり百年に一度、赤と青二つの三日月が向かい合い、月の間に紫の影を落とす日、それが『紫叉の日』(ししゃのひ)の事だったのです」


「あの綺麗な三日月に、そんな理由があったなんて。そう言えば、紫の光が流れ星のように落ちて行ったような……」


「ええ。昨夜が、まさにその日だったので、私は急ぎアルベルトを呼び、聖女様を探しに向かわせました。

アルベルトに向かわせた場所こそ、不思議と影が出来ることの無い、白い雪の壁に囲まれた『箱の丘』と呼ばれる場所です」


(私が死にかけた場所……)


「そして赤い月が表、青い月が裏、その双月が選び分けた場所こそ『影が出来ない箱の丘』です。

アルベルトから、あの場所に倒れておられた聖女様をお連れしたと、聞いた時は正直驚きましたが、しかしやはり推測通りだったと思いました。更にアルベルトはこう言いました」


ヴォルフはアルベルトを見た。


「はい。聖女様の周りには何処にも足跡がありませんでした」


(それはあの場所に転移したから……)


「つまり聖女様は、まさに『現れた』のだということです」


(恥ずかしいけど詩の意味は、私の事で間違ってないと思うけど、解釈が違うと思うなぁ。

影より白き箱の世って多分、あの影一つない、女神様の白い部屋の事だと思うなぁ。でも、紫叉は使者だと思うからやっぱり私だよね?……聖女様はやめてほしいなぁ)


「失礼とは思いましたが、ヒメ様が体中に凍傷を負っていらしたので、教会の者を呼んで回復魔法をかけさせました」


「失礼なんてとんでもない!ありがとうございました」


「私がヒメ様を、聖女様だと確信したのは、ここからです。考えられぬ奇妙な事が起こったからです。私は、眠られているヒメ様に、ドレスを着せて差し上げるようにメイドに言い付けたのですが、なんと下着やドレス、全て弾かれたと言うではありませんか。これを聞いて確信しました。きっと、聖なる衣の他は身に付けられない高貴な方なのだと」


「それは女神様の力で……」


「女神様の!!」


アルベルトは口を開けたまま喋らなくなった。ヴォルフは深く頷いた後、話を続けた。


「やはりそうでしたか……その後は、既にご存知の通りです。ヒメ様が全て解決して下さいました」


(私は装備することが出来ないだけ……勘違いだよ……)


ヴォルフはそこまで話すと、一息ついて微笑んだ。


「今はまだ眠っておりますが、私の妻、そして我が子の命、更には、我らシルバーウルフ族を救って頂き、一族を代表して感謝申し上げます」


ヴォルフとアルベルトは深く頭を下げた。


「頭を上げてください。そう何度も言われると困ります」


「何度申し上げても足りませんが、ヒメ様がそう仰るのであれば……長話にお付き合い下さり、ありがとうございました。それでは、お疲れでしょうから、失礼でなければ食事の前に浴場にて、お身体を流されてはいかがでしょうか?」


ヒメは自分の体や髪の毛を触った。

昨日までのゴタゴタで、体中ホコリだらけ髪の毛はボサボサだった。


「お風呂があるんですか?」


「自慢の露天風呂が御座います。」


「是非お願いします」


ヴォルフは、ヒメに一礼してアルベルトに命じた。


「ヒメ様をご案内しなさい」


「かしこまりました。ヒメ様こちらで御座います」


アルベルトは、洗練された動きで入り口まで行き、ドアを開け先導を始めた。


「ありがとうございます。それでは失礼します」


ヒメは椅子から立ち上がり、ヴォルフに深いお辞儀をした後、笑顔を投げてアルベルトの後を小走りでついて行った。


ヴォルフは二人が居なくなった部屋で、ヒメから授けられたビー玉を眺めながらボソリと呟いた。


「何と清らかな……私には眩しすぎる……ジュドウよ……」


ビー玉は、窓から差し込む夕日を浴びて、キラキラと輝いていた。



〜〜〜白き箱の丘〜〜〜



白き箱の丘の淵に立ち、ヒメが降り立った雪に残る跡を見る者たちがいた。


「この跡は間違いなく聖女だな」


「いや、この跡は間違いなく聖女ではないか?」


「奪われたか」


「いや、奪われたのではないか?」


そこには、白き箱の丘の外へと伸びる『一つの影』があった。

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