ペンダントの記憶
新月。月の無い夜。
暗闇の中、ドラグ城の離れにあるハート形の窓から、煌々とした明かりが漏れ、崖に架かる唯一の橋がライトアップされていた。
その部屋の中では、二人の美女が女子トークに花を咲かせていた。
「楽しみだね。フラン」
その少女は肌が青白く、唇は血の気の引いた紫、瞳の色は輝く黄金、まつ毛が長く、クリッとした可愛い目をしていた。髪型は縦ロール、色は金色と緑色が混ざったグリーンゴールド。服は漆黒のゴスロリである。
ゴスロリの格好をした少女は、紫の唇にリップを塗った。
すると、ツヤツヤと輝く美しい唇となり、少女の美しさが格段に上がった。しかし、そのリップの色は肌の色と似た白色であった。
そして、もう一人の美女はフラン。しかし顔に傷は無く、皮膚の色は肌色で、茶色の髪をポニーテールに纏めた、美しいフランであった。
茶色に輝く魅力的な瞳は、遠くを見つめ、無表情で返事をした。
「……ソーデスネ」
そして部屋のシャンデリアには、彼女の使い魔である、赤黒いブラッディバットが、部屋の明かりが眩しいのかアイマスクをして、逆さまにぶら下がっていた。
(ここは……彼女の記憶の中だ。昔の思い出)
脳裏に浮かんだ悲しそうな少女は、ヒメの目の前で楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「明日はシルヴァの誕生日だから、シルヴァの好きな花をプレゼントしようと思うんだけど。どうかな?」
少女は瞳をランランとさせながら、フランの答えを期待を込めて待っていた。そして、紫色に戻った唇に、再び真っ白なリップを塗った。
「……イーデスネ」
しかしやはり、フランは無表情で答えた。
これが彼女たちの、いつもの女子トークである。
「だよね!やっぱりフランもそう思うでしょ!
じゃあ明日の朝、夜明けに満開に花開く『宵の花火』を摘みに行こう!」
そんな素っ気無い返事にも、満点の美しい笑顔で答える、健気な少女の名前はヴァニラ。
ジュドウの娘である。
ヴァニラの笑顔はとても美しいが、再び唇の色が紫に戻ったので、どうしても病弱に見えてしまう。
すかさずヴァニラはリップを塗る。しかし、色は白。こちらもこちらで病弱に見えてしまう。
病弱で健気で美しい少女ヴァニラに、またしてもフランは素っ気無い返事をする。
「……マーステキ」
それに対して、やはり笑顔で答えるヴァニラ。
「でも、パーティーには、この紫の唇では行けません。『ホワイトリップ』も大量に作らないといけないの。そのための、材料集めもしたいのです。明日は協力してくれますか?」
「……ソーシマス」
そんなヴァニラにフランはまたしても、心の無い返事をする。
それを、満面の笑みで聞いているヴァニラ。
紫の唇。
それはヴァンパイアとエルフの血が混ざった弊害なのか。何かの病なのか。それは誰にも分からなかった。
リップを塗っても塗っても紫色に戻る唇が、ヴァニラはたまらなく嫌いだった。
何故なら紫色は、ヴァンパイア族、そしてエルフ族でも縁起が悪いとされる色であった。
実際、不幸は自分とその周囲に何度も起きた。大勢いた執事やメイドたちも、ヴァニラを恐れて逃げ出した。
それでも、最後まで側にいてくれたのが、両親と四人の人間である執事とメイド。そしてライカンスロープである、シルバーウルフ族のシルヴァであった。
今まで、唇の色を変えるために、数多くのリップを塗ったが、どんな種類のリップを塗っても、全く色が変わらなかった。
そこでヴァニラは自分で調合して作る事にした。何度も失敗して作り上げた物が『ホワイトリップ』だった。これは数秒間だけ、唇の色を白く変えるという物である。しかし彼女は歓喜した。このリップを塗る事で、格段に不幸が減ったのだから。
ヴァニラは、その白いリップを塗り続けた。
「貴女たちと同じで、シルヴァはこの唇を素敵だと言ってくれました。彼女が喜んでくれるなら、ヴァニラは何でもします。勿論、貴女たちも同じですよ」
両手を胸の前で組み、キラキラとした瞳でフランを見つめた。
「……へードウモ」
そんなフランの適当な相鎚にも、ヴァニラは笑顔で
『ウフッ』と笑った。
しかしその、こめかみには血管が浮かび上がっていた。
「あ?テメェ!チョーシに乗んなよ!あ!?チョーシに乗ってるよな?人がウルトラ下手に出てりゃ!あ!?窮屈なんだよ!丁寧な喋り方も、この城も!それに輪を掛けた、あんたの態度も!
超〜ムカつくんですけど!ヘードウモ……は!?
なんじゃそりゃぁ!あ!?大体なんだ!?メイド!その態度わぁ〜!ウラウラウラウラウラ!」
突然キレたヴァニラは、フランに対して、ジャブ、ローキック、フック、ストレートからのハイキック。目にも止まらぬコンビネーションを叩き込んだ。そして、仕上げと言わんばかりにリップを塗った。
しかしフランはピクリともしなかった。
それもそのはず、ヴァニラの身長は150センチ。対してフランの身長は180センチ。大人と子供の体格差なのだから。
「ふぅ〜。結局こうなるでしょう!毎回毎回、何を言っても最終的に、お嬢はキレるんですから」
いつもの事だと言わんばかりに、フランは呆れて、ため息混じりに返した。
「うっさい!罰として明日は、あんたら全員ヴァニラについて来なさい!分かった!?」
「ハイハイ」
「ハイは1回ッ!!」
これが彼女たちの、いつもの女子トークである。
腕を組み、白から紫になる口を尖らせ、そっぽを向いたヴァニラを、フランは微笑み優しい眼差しで見つめていた。