ホムンクルスの招待
空になったグラスに、トプトプと血のように真っ赤な物を注いだ。
(本物の血かな?トマトジュースって落ちは……ないよね?)
「取り敢えず、食事をしながら話をしよう。それと、ボッコス!バッコス!もう離れてもよい」
「かしこまりました。離れます」
「いや、ようやくだな!おい!」
二人は頭に付けていた、黒い革のバンダナを外した。そしてキュポンと音が鳴るように、くっ付けていた頭を離した。二人とも首を左右に曲げて、ゴキゴキ音を鳴らしている。
(離れるんだ……)
離れた途端、赤と青の雲行きが怪しくなり始めた。
「離れてそうそう憎まれ口か?」
「鬱陶しい!お前に言ったんじゃない!」
「だったら誰に言ったんだ?」
「うるさい!黙れ!お前と同じ言葉を喋りたくないから、頭に『嫌』を付けて喋ってたんだ!」
「お前こそ黙れ!さっさと飯でも運んで来い!」
「もう離れたんだ。お前の言うことを聞く必要はないだろう!」
赤と青のホムンクルスは、一人の時は似たような言葉を話して仲が良く見えたのだが、離れた途端に揉め始めた。
(ホムンクルスが揉めてる……仲悪いんだ…)
今までくっ付いていて、見えていなかった顔半分には、髪の生え際から顎まで、縦一直線に手術をしたような縫合の痕があり、途中にある目は閉じており、二人とも片目であった。
「黙れと言ってる!お前は飯を取りに行け!」
「ジュドウ様の指示を聞いてたんだ!お前の指示は聞く理由も無い!」
二人を見ていたジュドウは、溜め息を一つ吐き、やれやれ顔で指示を出した。
「静かにしろ。客人の前だぞ。招待したのはこちら側だ。まずは食事を運んで来い」
「「かしこまりました」」
赤の後を、青が続けて歩き始めた。
「おい!今まで仕方なくついてたんだ。離れたんだからついてくるな!」
「飯を取りに行くんだぞ!同じ方向だから仕方なくついて行ってるんだよ!嫌なら俺を先に行かせろ!」
二人は肩をぶつけ合い、我先にと部屋から出て行った。
「聖女よ、済まないな。しかし許してやってくれ。奴らは特に嬉しいのだ。今日、この時をどれ程待ち望んだことか……」
そう言うとジュドウはヒメを見つめた。
そして、赤い瞳が怪しく揺らめき始めた。
(あの瞳は何だろう?気味が悪い……)
ヒメはジュドウの目を見て動く事が出来なかった。
「……クックックッ……ハーッハッハ!」
ジュドウは突然笑い始めた。
「何をするつもりですか!心臓を食べられるの?」
しかしヒメは恐怖の為、その場を動く事も、瞳から視線を外す事も出来なかった。
ジュドウは笑うのを止めてヒメを睨みつけた。
「やはりな。私のスキルが効かない。決まりだな」
(どう言う事?)
「オブラート!」
「ええ。拝見しておりました。ええ」
オブラートと呼ばれたあの老人が、料理をワゴンに乗せてきやってきた。
「こちらへどうぞ。歩きながらで失礼ですが、その小汚いバッグを、お預かりしても宜しいですかな?コートラックにお掛けしますのでご安心を。それでは、こちらへどうぞ」
そう言ってヒメの前を歩きながら、ショルダーバッグを受け取ったオブラートは、ジュドウの左斜め前の椅子を引いた。
しかしヒメは、その隣の椅子を、自分で引いて座った。
「嫌われたものだな……気の強い女は嫌いではない」
オブラートは、ヒメから預かったショルダーバッグを、壁際に設置された金のコートラックに掛けた。
そしてしばらくの沈黙の後、扉の奥の通路から、再びガヤガヤ争う声が聞こえてきた。
「お前は皿もマトモに運べないのか?ここに来るまでに幾つ割ったか教えてやろうか!?」
「お前がチンタラしてるからだろうが!お前が邪魔しなければ、とっくに終わっている!」
「邪魔をしたのはお前の方だ!!18枚だ!割れた皿は!結局見てみろ、お前が持っているのはグラス1つだ!使えねぇ!」
「うるせぇ!お前が俺の前をチョロチョロ動くからだろうが!偉そうに!お前こそなんだそれは!ただの水だろ!それこそ使えねぇわ!」
ガヤガヤしながら、二人のホムンクルスが入ってきた。
なんと二人とも服がボロボロであり、いたる所に食材が付いていた。
「何をどうしたら、ああなるの?」
ヒメは僅かな時間で、ボロボロになったホムンクルスたちを見て、一つの答えへと辿り着いた。
「分かった!!この城をボロボロの傷だらけにした犯人は、あの二人だったんだ!」
ヒメは名探偵ばりに、ホムンクルスの事を指差した。
「間違いない!あの二人が喧嘩ばかりするから、お城がボロボロになった。それを止めさせる為に、ヴァンパイアはホムンクルスの二人に、くっつくように命令してたんだ!」
更にジュドウを指差して言った。
それを聞いたオブラートは、パチパチと拍手をし始めた。
「参りました。流石を通り越して天晴れ!聖女様。目の付け所が違いますなぁ。目の付け所が違い過ぎて、全くと言って良いほど全然違います。間違いだらけなのに、間違いない!と大声を出されて、恥ずかしげも無く、人に指まで差して、さっぱり違うことを自信満々に言われるとは、参りました。流石を通り越して天晴れ!」
オブラートは拍手をしながら毒を吐いた。
「普通に違うって言ってくれたらいいのに……」
ヒメは耳まで真っ赤にしてうつむいた。
「どうかとは思いますが。しかし正解が一つありますなぁ。ジュドウ様はヴァンパイアで間違いありません。しかし城主を指差すのは、どうかとは思いますが」
それを聞いたヒメはバッと顔を上げ、オブラートとジュドウを交互に見比べた。
するとジュドウは、牙を見せ怪しく笑った。
「なぁに、取って喰おうと言うわけではない」
ジュドウは、赤い液体をヒメのグラスに注いだ。
「さあ。乾杯だ」
ジュドウはグラスを持ち、乾杯を促してきたがヒメはグラスは持たなかった。
「どうした?乾杯だ」
「何に乾杯するんですか?そもそも私は血は飲みません!」
ヒメはキッパリと断った。
「そうか……残念だ」
ジュドウはグラスを置き、溜め息をついてヒメを見た。
(あれは本当に血だったんだ……トマトジュースって落ちは?)
「それでは食事にしよう」
ジュドウが指を鳴らしたのと同時に、後ろから手が出てきた。ビクッとしたが、よく見るとその手は傷だらけの上、食材がついていたので、ホムンクルス、バッコスのモノであると理解した。
バッコスは料理にかぶさっている、銀色の丸い蓋、クローシュを外した。
ボッコスはグラスに水を注いでくれた。
「さあ、召し上がれ」
ジュドウはそう言うと、自分の皿に乗っている、血が滴るほぼ生の肉を、ナイフとフォークで食べ始めた。
(流石ヴァンパイア。血を食べてるみたい……)
「ああ。そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな……しかしまあ、こちらから名乗るのが筋か。私はさっき言った通りだ。好きに呼んでくれ。そしてこのジジイがオブラート、総執事長だ」
「恥ずかしながら、総執事長のオブラート・リピートです。以後お見知り置きを。と言いましても執事は、此処におります三人だけですが。恥ずかしながら」
オブラートは、曲がったままの背中で軽く会釈をした。
「もう知ってるとは思うが、そのやかましい二人がボッコスとバッコス、双子の執事だ。ここに連れて来る間に粗相はなかったか?」
「知ってるも何も、仲がいいと思ってたけど、実は仲の悪いホムンクルスでしょ?それしか知りません。しかもここに来る間は粗相だらけです。私の命を救って頂いた人達に、大怪我をさせていましたし」
ヒメはライカンスロープ族の事を思い出して、機嫌が悪くなり始めた。
「お前たち、それは本当か?丁重にお連れしろと言い付けてあっただろう」
ジュドウの表情が変わり、二人を睨みつけると、辺りの温度が急激に下がり始めた。
(何?この空気!?凄いプレッシャー!あの二人、大変なことになるかも!止めるべきなのかな?)
持っていたグラスを見ると、水がピキピキと凍り始めた。
「きゃっ!」
ヒメは慌ててテーブルに戻した。
「丁重に招待しました」
「イヌどもが邪魔をしたから反撃したまで」
ボッコスとバッコスは、そうする事が当たり前であったと言わんばかりに答えた。
するとジュドウは、全てを忘れたかのように、ストンと表情を変えた。
「イヌどもか、それなら構わん」
そして何事も無かったかの如く、再び生肉を食べ始めた。
(どう言うこと?)
「おっとそうだ、自己紹介の途中だったな。重要な事を述べていなかった。聖女よ、先程二人をホムンクルスと呼んでいたようだが、あれは間違いだ」
ジュドウは一口、赤い液体を口に含み、味と香を楽しんだ後ゴクリと音を立てて飲み込んだ。
「二人ともホムンクルスじゃないの?」
「二人ではない、三人だ。オブラートも、そこの二人と同じ種族だ」
ヒメは『ギギギ』と鳴るように、ゆっくり首を動かしオブラートを見た。
「これは失礼しました。言ってませんでしたね。聞かれませんでしたからね。それと、これは失礼しました」
そう言ってオブラートは額にある眼鏡を外した。
眼鏡のあった場所には、横一直線に手術をしたような縫合の痕があった。
「二人と同じ傷!」
驚いたヒメに、ジュドウは更に驚く事実を述べた。
「そしてもう一つ。三人の種族はホムンクルスではない。フランケンシュタインだ」